今回のニュース速報には強い衝撃と同時に「ついに来たか」というある種の必然性を感じています。退職代行サービス「モームリ」の運営会社が、弁護士法違反の容疑で警視庁の家宅捜索を受けたという一件です。
累計利用者4万人という最大手の一角が、違法な「非弁行為」や弁護士への「違法あっせん」に関与した疑いが持たれているのです。これは単なる一企業の不祥事ではなく、退職代行というサービスが抱える根本的な法的問題を社会に突きつける重大な事件です。
なぜ家宅捜索にまで至ったのか。そこには大きく分けて2つの深刻な「違法性の疑い」が存在します。
今回の事件の核心部分である法的問題点、業界構造の闇、そして退職に悩む労働者が自衛のために知るべきことを、徹底的に解説します。
退職代行モームリ家宅捜索 報道された2つの重大な疑惑
まず、今回の家宅捜索で焦点となっている法的な問題点を整理します。報道によれば、警視庁が問題視しているのは主に2つの側面です。これらはどちらも弁護士法に抵触する可能性が極めて高い、重大な容疑です。
疑惑1 報酬目的の「違法あっせん」と紹介料の授受
第一の疑惑は、モームリの運営会社「アルバトロス」が、退職希望者を弁護士に紹介し、その見返りとして「紹介料(キックバック)」を受け取っていた疑いです。
弁護士法第77条では、弁護士や弁護士法人でない者が、報酬を得る目的で法律事件に関して「あっせん(紹介・仲介)」を行うことを厳しく禁止しています。
もし報道通り、モームリが「この案件は弁護士が必要だ」と判断した顧客を特定の提携弁護士に送り込み、1件あたり数万円といった形で報酬を受け取っていたとすれば、これは弁護士法第77条に真っ向から違反します。弁護士の独立性や品位を害し、法律事務の公正さを歪める「事件屋」的な行為として、厳しく罰せられる対象です。
疑惑2 「非弁行為」による残業代請求などの直接交渉
第二の、そしてこちらの方がより根深い問題かもしれませんが、「非弁行為」の疑いです。捜査関係者の話として、モームリが退職の通知だけでなく「残業代の請求」など、法律事務に関わる交渉を直接行っていた実態が把握されていると報じられています。
これが「非弁行為」です。弁護士資格を持たない民間企業が、他人の法律トラブルに介入し、報酬目的で法律事務(交渉や請求など)を行うことは、弁護士法第72条で固く禁じられています。
「会社に辞意を伝える」という単純な”使者“としての役割を超え、企業側と退職日、有給休暇の消化、ましてや未払い賃金について「交渉」していたとすれば、それは明確な違法行為です。今回の家宅捜索は、この非弁行為の証拠を押さえる目的も大きいと推察されます。
弁護士法が禁じる「非弁行為」と「紹介あっせん」の法的問題点
なぜ法律はこれらの行為を厳しく禁じているのでしょうか。それは、労働者をはじめとする国民の利益を守るためです。弁護士法の2つの重要な条文(72条と77条)の趣旨を理解することが、今回の事件の本質を掴む鍵となります。
弁護士法第72条「非弁行為」の壁 なぜ交渉は違法なのか
弁護士法第72条は、弁護士でない者が報酬目的で「法律事務」を取り扱うことを禁止しています。
「法律事務」とは、法律上の権利や義務について争いがある場面で、代理人として交渉したり、法的な主張を行ったりすることです。例えば、「未払い残業代を計算して請求する」「不当な損害賠償請求に対して反論する」「退職日の引き延ばしに対し、民法の規定に基づき退職を成立させる」といった行為は、すべて法律事務にあたります。
これらの行為を無資格の民間企業が行うと、どうなるでしょうか。彼らは法律の専門家ではありません。誤った法的知識で交渉を進め、本来労働者が得られるはずだった権利(例えば、正当な金額の残業代)を不当に低い金額で和解させてしまうかもしれません。
最悪の場合、交渉が決裂し、労働者はいざ裁判をしようにも、民間業者が行った不適切な交渉が原因で不利な立場に立たされる危険すらあります。こうしたリスクから国民を守るため、法律事務は高度な専門性と倫理観を持つ弁護士に限定されているのです。
弁護士法第77条「違法あっせん」の趣旨 なぜ紹介料はダメなのか
次に、弁護士法第77条が禁じる「報酬目的のあっせん」です。なぜ紹介料(キックバック)が問題なのでしょうか。
それは、弁護士の「独立性」が著しく害されるからです。弁護士は、依頼人の利益のみを考えて行動しなければなりません。
しかし、もし紹介業者に「紹介料」を支払って顧客を得ている弁護士がいたとしたらどうでしょう。その弁護士は、依頼人である労働者の顔色よりも、次の仕事を紹介してくれる「モームリ」のような業者の顔色をうかがうようになるかもしれません。
「業者と揉めると次の紹介がもらえなくなるから、このへんで会社と手打ちにしよう」といったように、依頼人の利益を最大限追求する姿勢が鈍る恐れがあります。これでは、弁護士の職務の公正さが保てません。だからこそ、法律事務の「ブローカー」行為は厳しく禁止されているのです。
退職代行の「適法」と「違法」を分ける3つの境界線
今回の事件を受け、「どの退職代行なら安全なのか」と不安に思う方も多いでしょう。ここで、退職代行サービスの適法と違法の境界線を、3つの運営形態から解説します。
境界線1 単なる「意思の伝達」のみ行う民間企業
最もシンプルな形態が、モームリのような「民間企業」が運営するサービスです。彼らが適法に行える業務範囲は、極めて限定的です。
それは、「Aさんが○月○日をもって退職したいと言っています」という本人の意思を、本人に代わって会社に伝える「使者」としての役割だけです。これならば、法律事務には該当せず、非弁行為にはなりません。
しかし、会社側が「いや、後任が見つかるまで3ヶ月は辞めさせない」「有給休暇の取得は認めない」などと反論してきた瞬間に、民間企業は行き詰まります。それに対して「民法では2週間前の通知で退職できるはずだ」「労働基準法に基づき有給取得を要求する」と一歩でも踏み込んで「交渉」すれば、その瞬間に非弁行為(違法)となります。
境界線2 「交渉」が可能な弁護士法人
第二の形態が、「弁護士」または「弁護士法人」が運営する退職代行です。
これは言うまでもなく、完全に適法です。弁護士は法律事務の専門家であり、代理人として会社とあらゆる交渉を行う権限を持っています。
退職日の調整、有給休暇の取得交渉、未払い残業代や退職金の請求、さらには会社からパワハラなどによる損害賠償を請求された場合の対応まで、すべてを一任できます。最初から会社側との交渉やトラブルが予想される場合は、弁護士が運営するサービスを選ぶのが唯一の正解です。
境界線3 「団体交渉権」を持つ労働組合
第三の形態として、近年増えているのが「労働組合」が運営する退職代行です。
これは少し特殊ですが、適法な枠組みです。労働組合は、労働組合法に基づき、使用者(会社)と「団体交渉」を行う権利を持っています。退職希望者はその労働組合に一時的に加入し、組合員として、組合に会社との交渉を委任する形をとります。
これにより、弁護士でなくとも、退職日の調整や有給消化といった「交渉」を適法に行うことが可能になります。ただし、労働組合の権限はあくまで団体交渉権の範囲内です。未払い残業代の「請求」はできても、万が一会社が支払いを拒否して「訴訟(裁判)」に発展した場合は、労働組合は代理人になれません。その際は別途弁護士が必要になります。
モームリ事件が業界と利用者に与える4つの重大な影響
今回の家宅捜索は、急成長してきた退職代行業界全体に計り知れない影響を与えます。今後の見通しと、労働者が受ける影響について考察します。
影響1 違法業者の淘汰と業界の健全化が進む可能性
まず期待されるのが、業界の健全化です。これまで「交渉も可能」と曖昧な表現で謳い、実際には非弁行為を行っていた疑いのある民間企業は、今回の事件を機に淘汰されていく可能性が高いです。
警察当局がこの問題に本格的にメスを入れたことで、グレーゾーンで活動していた業者は一気に撤退を迫られるでしょう。結果として、適法に運営している「弁護士法人」か「労働組合」のサービスに利用者が集約され、業界の透明性が高まることが予想されます。
影響2 利用者による「運営元」の確認が必須になる
労働者側にも変化が求められます。これまでは「安さ」や「手軽さ」だけでサービスを選んでいたかもしれませんが、今後は「そのサービスは法的に安全か」という視点が不可欠になります。
具体的には、サービスのウェブサイトを訪れ、「運営会社情報」を必ず確認することです。運営元が「株式会社」なのか、「弁護士法人」なのか、「労働組合」なのか。ここを見極めるリテラシーが、利用者自身を守る最大の武器となります。
影響3 弁護士事務所側の提携スキームの抜本的見直し
弁護士業界にも激震が走っています。もし報道通り、モームリから紹介料を受け取っていた弁護士がいるとすれば、その弁護士も弁護士法違反や懲戒処分の対象となります。
これまで退職代行業者と安易に「提携」し、非弁行為を助長するような形で顧客紹介を受けていた法律事務所は、そのスキームの根本的な見直しを迫られます。業者との関係性を絶ち、独立性を担保した形での連携を再構築しなければ、共倒れになるリスクがあります。
影響4 企業の「退職を防ぐ」コンサル事業への波及
報道では、モームリが蓄積した「退職理由のデータ」を活用し、企業向けに退職防止のアドバイスをするコンサルティング事業も行っていたとされています。
ここに新たな法的・倫理的な問題が浮上します。もし、非弁行為を通じて得た(あるいは違法あっせんの過程で得た)労働者の機微な個人情報や退職の経緯を、本人の同意なくデータとして利活用し、あろうことか企業側に販売していたとすれば、個人情報保護法の観点からも極めて重大な問題です。このコンサル事業の適法性についても、今後の捜査の焦点となる可能性があります。
退職代行を利用したい労働者が今すぐ確認すべき3つの注意点
最後に、今まさに退職代行の利用を検討している労働者の方へ、弁護士として3つの具体的なアドバイスを送ります。絶対に失敗しないために、以下の点を確認してください。
注意点1 運営元は「弁護士法人」か「労働組合」かを確認する
最も重要な点です。サービスの公式ウェブサイトの「会社概要」や「運営者情報」のページを必ず開いてください。
そこに「株式会社アルバトロス」のような民間企業の名前しかなければ、そのサービスが行えるのは「退職意思の伝達」のみです。会社から一切の反論や交渉を持ちかけられない、円満な退職が確実な場合にしか使えません。
もし運営元が「弁護士法人〇〇法律事務所」となっていれば、あらゆる交渉が可能です。「〇〇労働組合」となっていれば、交渉は可能ですが、訴訟はできません。この3つの違いを明確に理解してください。
注意点2 「交渉可能」と謳う民間企業の危険性を認識する
「株式会社」が運営しているにもかかわらず、「会社と交渉します」「有給消化の交渉もOK」といった宣伝文句を掲げているサービスは、非弁行為を行っている可能性が非常に高いです。
違法な業者に依頼してしまうと、前述の通り、あなた(労働者)が不利な条件で和解させられたり、後から法的なトラブルに巻き込まれたりするリスクを負うことになります。安易な広告表現に騙されてはいけません。
注意点3 残業代や有給交渉は最初から弁護士に相談する
もしあなたが、単に辞意を伝えるだけでなく、「未払いの残業代を請求したい」「溜まった有給をすべて消化してから辞めたい」「会社から損害賠償を請求されそうで怖い」といった具体的な法的トラブルを抱えているのであれば、選択肢は一つしかありません。
最初から「弁護士」が運営する退職代行サービスに依頼するか、お近くの労働問題に強い弁護士に直接相談してください。それが、あなたの権利を確実かつ最大限に守るための、唯一の適法な道です。
まとめ 弁護士法違反は労働者保護の根幹を揺るがす問題
今回の退職代行「モームリ」への家宅捜索は、退職代行ビジネスの違法性に警鐘を鳴らす、極めて重い意味を持つ事件です。
弁護士法が「非弁行為」や「違法あっせん」を禁じているのは、すべては知識や交渉力で劣る国民・労働者を守るためです。無資格の業者が利益優先で法律事務に介入し、紹介料で弁護士の独立性が歪められれば、その不利益はすべて依頼者である労働者に降りかかります。
退職代行サービス自体は、劣悪な労働環境から労働者を救済する「駆け込み寺」として、一定の社会的意義を持っています。しかし、その運営が適法でなければ、かえって労働者を新たなリスクに晒すことになります。
この事件を機に、業界の健全化が進むこと、そして労働者一人ひとりが、自らの権利を守るために「法的に正しいサービス」を見極める目を持つことが大事だと思います。
