古い家に引っ越した一家を襲う奇妙な現象。
誰もいない部屋から聞こえる物音。勝手に開く扉。暗闇の中から響く手をたたく音。
そして、何かが確実に存在していると感じるのに、その姿だけは見えない。
2013年に公開された死霊館は、こうした古典的な恐怖を現代の映像技術でよみがえらせたホラー映画である。
監督は、ソウシリーズやインシディアスで知られるジェームズ・ワン。
しかし、本作が過去のホラー作品と大きく異なるのは、単に恐ろしい幽霊が登場する映画ではないということだ。
物語の中心にあるのは、家族の絆、母親の愛情、そして誰かを救おうとする人間の強い意志である。
さらに本作には、実際に存在したペロン一家と、超常現象調査で知られるウォーレン夫妻の体験談が題材として使われている。
では、映画で描かれた恐怖はどこまで事実なのだろうか。
悪魔とされた存在は、本当に邪悪な魔女だったのか。
そして、なぜ比較的少ない製作費で作られた本作が、世界中の観客を恐怖に陥れ、巨大な映画シリーズの出発点になったのか。
映画の背景から演出、実際の事件、興行収入、海外評価まで詳しく考察していく。
死霊館とはどんな映画なのか
2013年公開、ジェームズ・ワン監督による心霊ホラー
死霊館の原題はThe Conjuring。
アメリカでは2013年7月19日に公開され、日本では同年10月11日に劇場公開された。
作品の基本情報は次のとおり。
- 原題:The Conjuring
- 製作国:アメリカ
- 公開年:2013年
- 日本公開日:2013年10月11日
- 上映時間:約112分
- 監督:ジェームズ・ワン
- 脚本:チャド・ヘイズ、ケイリー・W・ヘイズ
- 製作:トニー・デローザ=グランド、ピーター・サフラン、ロブ・コーワン
- 撮影:ジョン・R・レオネッティ
- 編集:カーク・モッリ
- 音楽:ジョセフ・ビシャラ
- 美術:ジュリー・バーゴフ
- 日本での映画区分:PG12
- アメリカでの映画区分:R指定
脚本を担当したチャド・ヘイズとケイリー・ヘイズは双子の兄弟で、過去にはホラー映画の蝋人形の館にも携わっている。
撮影監督のジョン・R・レオネッティは、後にアナベル 死霊館の人形の監督も務めた。
本作は、死霊館ユニバースと呼ばれる映画シリーズの第1作となった作品でもある。
ウォーレン夫妻とペロン一家を演じた俳優たち
主要キャストには、実力派俳優がそろっている。
パトリック・ウィルソンが演じるのは、超常現象研究家エド・ウォーレン。
妻ロレイン・ウォーレンを演じるのはヴェラ・ファーミガである。
この2人が演じる夫妻は、超常現象を調査する専門家でありながら、互いを深く愛する夫婦として描かれる。
一方、心霊現象に苦しめられるペロン一家では、母親キャロリンをリリ・テイラー、父親ロジャーをロン・リヴィングストンが演じた。
5人の娘たちを演じたのは、シャンリー・キャズウェル、ヘイリー・マクファーランド、ジョーイ・キング、マッケンジー・フォイ、カイラ・ディーヴァーである。
この作品で特に重要なのは、子役たちの恐怖表現だ。
子どもが何かを見つめて怯えている。しかし、観客には何も見えない。
それだけで、画面の中に恐ろしいものが潜んでいるように感じてしまう。
この自然な演技が、心霊現象を単なる作り物に見せない効果を生んでいる。
あらすじ|夢のマイホームが恐怖の場所に変わる
古い農家に引っ越してきた7人家族
1971年、アメリカのロードアイランド州。
ロジャーとキャロリンのペロン夫妻は、5人の娘たちとともに古い農家へ引っ越してくる。
大きな家と豊かな自然に囲まれた環境。
新しい生活への期待に胸を膨らませる一家だったが、最初から奇妙な出来事が起き始める。
飼い犬は家の中へ入ろうとしない。
家の時計が不自然な時刻で止まり、夜中になると説明できない物音が聞こえてくる。
娘たちも、寝室で誰かの気配を感じるようになる。
最初は古い家だから仕方がないと考えていた一家だったが、現象は次第に激しくなっていく。
やがて母親キャロリンの体には原因の分からないあざが現れ、子どもたちにも危険が迫る。
追い詰められた一家は、超常現象研究家のウォーレン夫妻に助けを求めることになる。
調査を進めた夫妻は、家にまつわる恐ろしい伝承と、そこで起きている現象の関連を疑い始める。
そして一家は、自分たちの理解を超えた存在と向き合うことになる。
ジェームズ・ワン監督は何を変えたのか
ソウとは対照的な恐怖への挑戦
ジェームズ・ワンは2004年公開のソウで世界的な注目を集めた。
ソウは、閉鎖空間に閉じ込められた人間が極限状態に追い詰められるサスペンスホラーである。
一方、2010年のインシディアスでは、超常現象や異世界を扱う方向へと進んだ。
そして死霊館では、さらに古典的な怪奇映画の表現を追求している。
ワン監督は2013年のインタビューで、ロバート・ワイズ監督のたたりを重要な影響源として挙げている。
1963年公開のたたりは、見えない存在への恐怖を音や空間によって表現した作品だ。
死霊館にも、その考え方が強く受け継がれている。
恐ろしいものを最初から見せるのではない。
何かが起こりそうな時間を長く取り、観客自身に恐怖を想像させるのである。
家の構造を理解させてから恐怖を仕掛ける
本作の撮影で注目したいのが、家の内部を移動するカメラワークだ。
ワン監督は、序盤の長い移動撮影によって、観客に家の構造を把握させようとしたと説明している。
どこに階段があり、どの部屋が廊下につながり、地下室へはどこから入るのか。
こうした空間の関係を知っていると、後の恐怖場面がより効果的になる。
たとえば、家の反対側から物音が聞こえてきた場合。
観客は、その場所がどのあたりなのかを想像できる。
そして、そこに何かがいるかもしれないと感じ始める。
これは映像作品ならではの恐怖の作り方だ。
建物全体が一つの巨大な罠になり、観客もペロン一家とともに閉じ込められた気分になる。
見えない存在を音で感じさせる演出
死霊館を代表する恐怖場面といえば、手をたたく遊びを利用した場面だろう。
本来は子どもたちが楽しむための遊びである。
しかし、その音が暗闇の中から聞こえてきたらどうなるか。
誰もいないはずの場所で手をたたく音がする。
姿は見えない。
それなのに、確実に誰かがそこにいるように思えてしまう。
この演出の優れているところは、観客が何かを見たから怖がるのではなく、音から存在を想像する点にある。
ワン監督は、音響と音楽が恐怖映画を成立させる重要な要素だと語っている。
扉のきしむ音、床の振動、低音の響き。
音そのものは特別なものではなくても、使う場所とタイミングによって恐怖へと変わる。
死霊館では、その技術が随所に生かされている。
制作秘話|古典ホラーの復活を目指した映画作り
1970年代という時代設定が持つ意味
本作の舞台は1971年。
スマートフォンもインターネットもない時代である。
ワン監督は、この時代設定が物語の作り方そのものに影響すると説明している。
現代であれば、異変を撮影して動画で共有したり、専門家を検索したりできる。
しかし、1971年の一家には簡単な情報収集の手段がない。
誰かに相談しても、信じてもらえるとは限らない。
孤立した環境が、恐怖をさらに深めるのである。
また、映画の色彩や衣装、家具、照明にも1970年代の雰囲気が反映されている。
古びた壁紙や木造の室内は、家が長い歴史を持つことを感じさせる。
単なる昔の家ではなく、過去の出来事が積み重なった場所として描かれているのだ。
撮影地は実際のペロン家ではなかった
物語の舞台となった農家は、ロードアイランド州に実在する。
しかし、映画自体は主にノースカロライナ州で撮影された。
2012年には、ウィルミントンで撮影が行われている。
つまり、映画に映っている場所と、実際のペロン一家が暮らした建物は同一ではない。
ワン監督自身も、当時のインタビューで実際のペロン家を訪れていないと説明している。
ここで興味深いのは、映画の恐怖が実在する建物そのものに依存していないことだ。
家の歴史や雰囲気を参考にしながら、映画として恐ろしく見える空間を再構築している。
だからこそ、観客は家の中を歩くような感覚で恐怖を体験できるのである。
子役たちの演技を支えた撮影現場
ホラー映画に子どもが登場する場合、撮影現場の環境にも配慮が必要になる。
ワン監督によれば、本作の子役たちは撮影が始まると激しく怯える演技を見せながら、カットがかかると笑顔に戻るほど落ち着いていたという。
こうした俳優たちの理解と技量が、作品の現実感を支えていた。
特に本作では、子どもが幽霊を見て驚く場面だけでなく、誰にも信じてもらえない不安が重要になる。
恐怖を表情や呼吸で表現する子役たちの演技が、観客に強い緊張感を与えている。
アナベル人形はなぜ登場したのか
本編とは別の恐怖を紹介する冒頭
死霊館は、ペロン一家の事件から始まるわけではない。
冒頭では、ウォーレン夫妻が調査したとされるアナベル人形の事件が紹介される。
この場面には重要な役割がある。
観客に、ウォーレン夫妻がどのような問題を扱う人物なのかを短時間で説明するためだ。
同時に、作品の世界では人形や物品にも超常的な存在が関係するというルールを示している。
これによって、観客はペロン家で起こる異変を理解しやすくなる。
本物のアナベル人形は映画と姿が違う
映画版のアナベルは、不気味な顔をしたアンティーク風の人形である。
しかし、ウォーレン夫妻が扱ったとされる実際の人形は、ラガディ・アンという布製人形だった。
赤い毛糸の髪を持つ、比較的かわいらしい外見である。
ワン監督は、実在する商品のデザインをそのまま使用することに伴う権利上の問題などから、映画独自の外見に変更したと説明している。
つまり、映画に登場するアナベルの恐ろしい姿は創作上のデザインである。
その人形が実際に超常現象を引き起こしたという主張についても、科学的に確認された事実ではない。
ただし、映画の登場人物としてのアナベルは強烈な印象を残した。
後に2014年公開のアナベル 死霊館の人形へと発展し、死霊館ユニバースを拡大する重要な存在になっていく。
音楽が作り出した心理的な恐怖
ジョセフ・ビシャラの不協和音
死霊館の音楽を担当したのは、ジョセフ・ビシャラ。
インシディアスでもワン監督と仕事をした作曲家である。
ビシャラの音楽は、美しい旋律で感情を誘導する一般的な映画音楽とは少し異なる。
不協和音や不安定な響きによって、観客の精神を落ち着かなくさせる。
特に静かな場面から緊張が高まる部分では、映像と音楽が一体となって恐怖を増幅させている。
また、ビシャラは本作でバスシーバ役も演じている。
作曲家自身が恐怖の対象となる人物を演じている点も興味深い。
家族の温かさを象徴する音楽
一方、サウンドトラックにはマーク・アイシャムによるFamily Themeも収録されている。
この曲は、恐怖を作り出す音楽とは異なり、家族の温かさを感じさせる。
本作の音楽には、恐怖を描く役割と、人間の感情を支える役割がある。
悪魔の存在が恐ろしいのは、そこに守るべき家族の生活があるからだ。
音楽は、その対比を支える重要な要素になっている。
死霊館の実話はどこまで本当なのか
1971年に農家へ引っ越したペロン一家
映画のモデルになったペロン一家は実在する。
ロジャーとキャロリンの夫妻、そして5人の娘たちは、1971年1月にロードアイランド州バーリルビルの農家へ引っ越した。
一家がこの家で生活したのは1980年までである。
映画では比較的短期間に数多くの怪現象が起きたように描かれているが、一家の証言によれば、体験したとされる出来事は約9年間にわたっている。
この違いは重要だ。
映画では恐怖を短時間に集中させるため、事件の時間的な広がりが圧縮されている。
実際に家族が長期間暮らしたという事実と、家で超常現象が起きたという主張は、分けて考えなければならない。
前者は生活史として確認できるが、後者については独立した科学的検証によって実証されたものではない。
長女アンドレアの証言
ペロン家の長女アンドレア・ペロンは、当時の体験について長年語っている。
2013年のCBS Newsの取材では、映画について基本的には事実に沿っているという趣旨の説明をしていた。
しかし、2021年のGlobal Newsのインタビューでは、映画の内容は大部分が創作であるという見方を示している。
同じ当事者でも、取材時期や何を事実と捉えるかによって評価が変わっていることが分かる。
ここで注意したいのは、本人が恐ろしい体験を語っていることと、その原因が幽霊や悪魔だったことの証明は別だという点である。
家族が不思議な現象を体験したと主張していることは確認できる。
しかし、その原因については不明である。
バスシーバ・シャーマンは本当に魔女だったのか
映画では恐怖の中心人物として描かれる
死霊館で重要な存在となるのが、バスシーバ・シャーマンである。
映画では、かつてこの土地に関係していた邪悪な女性として語られる。
悪魔崇拝や子どもの犠牲といった恐ろしい伝承が重ねられ、ペロン家を苦しめる存在として描かれている。
しかし、この設定を歴史的事実として受け取ることには問題がある。
歴史資料から分かる別の姿
バスシーバ・シャーマンという女性は実在した。
しかし、歴史資料を調査した研究者によると、彼女が魔女だったことや、子どもを殺害したことを裏付ける記録は確認されていない。
2019年にSkeptical Inquirerで公表された調査では、当時の記録や家族関係などが検討されている。
そこでは、彼女が犯罪に関与したという裏付けがないことに加え、映画のモデルとなった農家に住んでいたという話にも疑問が示されている。
また、彼女は映画の伝承とは異なり、1885年に亡くなっている。
この点を考えると、映画のバスシーバ像は、実在の女性に伝承と創作を重ねた人物像と理解するのが妥当だろう。
実在の人物を悪魔にしてしまう危険性
この問題は、ホラー映画の実話設定を考えるうえで非常に重要である。
映画の中では悪魔や魔女を恐ろしい存在として描いても、それ自体は物語表現の一つだ。
しかし、その人物が実在した場合は事情が異なる。
証拠のない悪評が、映画の影響力によって事実のように広まってしまう可能性がある。
特に死霊館のような世界的ヒット作品では、その影響は小さくない。
実話を基にした映画を見る際には、史実として確認できる情報と、映画のために作られた物語を区別する姿勢が必要になる。
映画の悪魔祓いは実際に行われたのか
実際の出来事とクライマックスの違い
映画の終盤では、ウォーレン夫妻がキャロリンを救うために悪魔的な存在と対決する。
エドは儀式を行い、家族は母親を救うために必死になる。
しかし、実際のペロン家の出来事として語られる内容は異なる。
アンドレアの証言によれば、ウォーレン夫妻が関係した降霊会のような集まりがあり、母親が激しく苦しむ出来事が起きたという。
ただし、これはアンドレアが語った体験であり、超常的な原因が実証されているわけではない。
彼女の説明では、父親はその出来事の後にウォーレン夫妻を家から遠ざけた。
映画のように悪魔祓いですべてが解決したわけではなく、一家はその後も農家で生活を続けている。
映画が結末を変更した理由
ここからは映画表現としての考察になる。
映画の観客は、約2時間の物語の中で恐怖を体験し、最後には一定の解決を求める。
しかし、実際の証言をそのまま再現すれば、明確な解決がないまま物語が終わる可能性がある。
そのため、映画はウォーレン夫妻による救出劇を中心に置いたと考えられる。
この変更によって、作品は心霊現象の記録から、家族を救うためのドラマへと変わっている。
興味深いのは、映画の結末が現実に何が起きたのかという問題よりも、誰かを守りたいという感情を優先していることだ。
そこに本作の魅力と、実話映画としての限界が同時に表れている。
興行収入|2,000万ドルの製作費から世界的ヒットへ
公開初週から大きな成功を収めた
死霊館の製作費は約2,000万ドル。
2013年7月19日に全米公開され、最初の週末だけで約4,186万ドルを記録した。
この数字は、当時のオリジナルR指定ホラー映画として記録的なオープニングだった。
Box Office Mojoで確認できる主な興行成績は次のとおり。
- 製作費:約2,000万ドル
- 全米公開初週末:約4,186万ドル
- 北米興行収入:約1億3,740万ドル
- 北米以外の興行収入:約1億8,209万ドル
- 全世界興行収入:約3億1,949万ドル
世界興行収入を製作費で割ると、約16倍になる。
ただし、興行収入がそのまま製作会社の利益になるわけではない。
劇場側への配分、宣伝費、配給費用などがあるため、正確な純利益はこの数字だけでは計算できない。
また、The Numbersでは世界興収が約3億1,614万ドルと集計されており、集計サービスによって差がある。
それでも、低い製作費に対して非常に大きな興行的成功を収めたことは明らかである。
なぜこれほど多くの観客を集めたのか
成功の理由として考えられるのは、宣伝と映画本編の方向性が一致していたことである。
死霊館の宣伝では、実際の事件を基にした恐怖が強く打ち出された。
さらに、過激な流血描写に頼らず、暗闇や音によって恐怖を生み出す演出が観客に受け入れられた。
公開当時のBox Office Mojoの分析でも、強い宣伝効果と観客の好意的な反応が注目されている。
ホラー映画では公開直後に大きく興収を伸ばし、その後急速に失速する作品も少なくない。
しかし本作は、映画館で恐怖を体験した観客の評価も良好だった。
映画館で見る価値のある恐怖体験として支持されたことが、成功を支えたと考えられる。
海外での評判|批評家は何を評価したのか
Rotten Tomatoesでは高い評価
死霊館は、海外批評家からも比較的高い評価を受けている。
2026年11月7日に確認したRotten Tomatoesの数値は、批評家スコアが86%、一般観客スコアが83%だった。
Metacriticでも35件の批評に基づき、100点満点中68点となっている。
また、公開当時のCinemaScoreではA−という評価を獲得した。
これらの数字から、本作が批評家と一般観客の双方から広く支持された作品だったことが読み取れる。
ただし、Rotten Tomatoesの86%は平均点が86点という意味ではない。
肯定的な評価を付けた批評家の割合である。
高く評価された古典的な恐怖表現
Varietyのジャスティン・チャンは、本作の古典的な恐怖演出を高く評価した。
The Hollywood Reporterでも、洗練された演出やヴェラ・ファーミガの演技が評価されている。
こうした批評に共通するのは、死霊館が新しい怪物や複雑な設定だけで勝負していないという点だ。
古い家、暗い廊下、閉じた扉、誰もいない部屋。
ホラー映画では何度も使われてきた要素を、映像と音によって効果的に組み直している。
新しいものを見せるのではなく、知っているはずの恐怖をもう一度恐ろしく感じさせた。
そこに高評価の理由がある。
否定的な評価も存在する
一方で、すべての批評家が絶賛したわけではない。
映画批評家サイモン・エイブラムスはRogerEbert.comで、驚かせる演出の反復や定型的な展開に批判的な見方を示している。
Time Outの批評でも、恐怖の正体が明らかになる後半では、従来のホラー映画に見られる決まりきった表現が増えるという指摘がある。
これは本作の弱点を考えるうえで重要だ。
序盤では、何が起こるのか分からないことが恐怖を生む。
しかし、終盤になると敵の正体や目的が説明され、対決する構図がはっきりしてくる。
その結果、謎に包まれた不安が薄れ、比較的分かりやすい悪魔祓いの物語へと変化する。
怖さの種類が途中から変わってしまうのである。
独自考察|本当に恐ろしいのは悪魔なのか
母親を狙う恐怖に隠された意味
死霊館では、母親キャロリンが大きな危険にさらされる。
ここには、単なる悪魔による攻撃以上の意味があると考えられる。
家族にとって母親は、生活を支え、子どもたちを守る存在として描かれている。
その母親が何者かによって支配されれば、家族全体の安全が崩れてしまう。
つまり、映画が描く恐怖は家そのものが呪われることだけではない。
安心できるはずの家庭が、内側から壊されていくことなのである。
これはポルターガイストなどの家族を中心に据えたホラー映画とも共通する。
幽霊や悪魔を登場させながら、実際には家族が失われる恐怖を描いているのだ。
ウォーレン夫妻は理想的な家族の象徴なのか
本作には、2組の夫婦が登場する。
恐怖に追い詰められるペロン夫妻と、彼らを助けようとするウォーレン夫妻である。
この対比にも注目したい。
ペロン夫妻は、何が起きているのか分からず、家族を守る方法を見失っていく。
一方、ウォーレン夫妻は、互いを信頼しながら危険な問題に立ち向かう。
しかし、彼らも無敵ではない。
ロレインは心霊現象と向き合うことによって精神的な負担を抱え、エドも妻の身を案じる。
専門家であっても、家族を失う恐怖から自由ではないのだ。
そのため、2組の夫婦は正反対でありながら、共通した感情で結ばれている。
どちらも大切な家族を守りたいのである。
恐怖を克服するのは信仰か、それとも愛情か
本作の終盤では、宗教的な儀式と家族への愛情が重要な役割を果たす。
表面的には、悪魔と神の力が対立する物語のように見える。
しかし、キャロリンを救う場面では、母親としての記憶や家族への思いが大きな意味を持っている。
ここから読み取れるのは、悪魔を追い払うことだけが救済ではないという考え方だ。
大切な人との関係を取り戻すこと。
自分が何者であるかを思い出すこと。
そして、自分を必要としている人がいると気づくこと。
こうした感情が、恐怖に対抗する力として描かれている。
この点で死霊館は、悪魔祓いの映画でありながら、家族の再生を描いた作品でもある。
エクソシストやポルターガイストとの違い
エクソシストとの共通点
1973年公開のエクソシストは、悪魔に取り憑かれた少女と、彼女を救おうとする神父たちの物語である。
死霊館と共通するのは、宗教的な恐怖と家族の苦しみを結びつけていることだ。
しかし、両作品には違いもある。
エクソシストでは、悪魔の存在が信仰や理性に問いを投げかける。
一方、死霊館では、悪魔の存在を物語上の前提として、家族の救出へ重点を置いている。
エクソシストが信仰そのものを揺さぶる映画だとすれば、死霊館は信仰と愛情によって恐怖に立ち向かう映画と考えられる。
ポルターガイストとの共通点
1982年公開のポルターガイストも、普通の家庭が超常現象に襲われる作品である。
どちらも子どもが危険にさらされ、家が安全な場所ではなくなっていく。
しかし、ポルターガイストには、家庭生活やアメリカの郊外文化をめぐる風刺的な要素もある。
死霊館は、それよりも宗教的な善悪の対立を強く打ち出している。
それでも共通するのは、恐怖の中心に家族が存在することだ。
大切な人を守りたいという感情があるからこそ、超常現象の恐ろしさが増していくのである。
死霊館が巨大シリーズへと発展した理由
ウォーレン夫妻という継続できる主人公
一般的な心霊ホラー映画では、主人公が事件を乗り越えると物語は完結する。
しかし死霊館には、複数の事件を調査するウォーレン夫妻がいる。
この設定によって、新しい事件を中心にした続編を制作しやすくなった。
2016年には死霊館 エンフィールド事件が公開され、ウォーレン夫妻の物語が続いていく。
さらにアナベルや死霊館のシスターなど、関連する存在を中心にした作品も生まれた。
2025年には死霊館 最後の儀式も公開されている。
それぞれの作品を独立したホラー映画として楽しみながら、同じ世界観の物語としてつなげられる。
この構造がシリーズの長期的な発展を可能にした。
恐怖だけではない作品世界の魅力
シリーズが支持された理由は、恐ろしい存在の種類が増えたからだけではない。
ウォーレン夫妻の夫婦関係や、事件に巻き込まれる家族の感情が物語を支えている。
怪物だけではなく、人間の側にも継続して見たいと思わせる魅力がある。
その基礎を築いたのが、2013年の死霊館だった。
総評|死霊館はなぜ今も怖いのか
死霊館は、決して独創的な設定だけで成立している映画ではない。
古い家、不可解な物音、悪魔に取り憑かれる人間、宗教的な儀式。
こうした要素は、過去のホラー映画でも繰り返し描かれてきた。
しかし、ジェームズ・ワン監督は、それらを丁寧なカメラワークと音響演出によって組み直した。
恐怖の対象をすぐには見せない。
観客が何かを想像する時間を作る。
そして、恐怖が最も高まった瞬間に、強烈な映像や音を与える。
この緩急のある演出こそ、本作の大きな魅力である。
一方で、終盤の悪魔祓いは比較的定型的であり、恐怖の正体を説明しすぎているという弱点もある。
また、実話を基にしていることを強く打ち出しながら、実在の女性を邪悪な魔女として描いた点には慎重な検証が必要だ。
実際のペロン家の証言と、映画の中の出来事は同じではない。
それでも、映画作品としての死霊館が成功した理由は明確である。
本作が描いたのは、幽霊が出る家の恐ろしさだけではなかった。
安心できるはずの家庭が突然危険な場所に変わり、家族の絆さえ失われかねないという恐怖だったのである。
そして、その恐怖に立ち向かうために、人間は何を信じるのか。
宗教なのか。
専門家の知識なのか。
それとも、家族への愛情なのか。
死霊館は、こうした問いを悪魔祓いの物語に重ねている。
恐ろしい幽霊を見せるだけなら、ほかにも多くのホラー映画が存在する。
しかし、家族を守りたいという普遍的な感情まで描いたからこそ、死霊館は2010年代を代表する心霊ホラーの一つになったのではないだろうか。
