オーメン:ザ・ファーストはなぜ、”父親の恐怖”だった原作を”女性の恐怖”に作り変えたのか?

「『オーメン:ザ・ファーストはなぜ、「父親の恐怖」だった原作を「女性の恐怖」に作り変えたのか?』。映画のキービジュアル、設計図、『ARMY OF DARKNESS』のポスターを組み合わせた、映画のテーマ転換に関するアイキャッチ画像。」

1976年『オーメン』といえば、「悪魔の子ダミアン」を恐れる父親の物語として、ホラー史に名を刻んだ一本だ。じゃあその48年後に作られた前日譚『オーメン:ザ・ファースト』(原題:The First Omen、2024年)って、結局「ダミアンがどう生まれたか」を説明するだけの企画だったのか?

正直に言うと、そう思って観るとちょっと面食らう。本作、原典の視点をまるごとひっくり返しているからだ。「子供を恐れる父親」の映画だった1976年版が、「自分の身体と生殖を制度に支配される女性」の映画に作り替えられている。しかもそれは偶然の解釈ではなく、監督自身がインタビューで明言している制作意図だ。

今回はこの反転がどうやって生まれたのか、企画が動き出した2016年から2024年の公開、そのあとの評価まで、一次資料に基づいてじっくり深掘りしていく。ネタバレは全開でいく。

目次

8年間、企画棚に眠っていた前日譚

2016年に始まり、いったん止まった企画

本作の企画が最初に報じられたのは2016年4月のこと。当時は20th Century Foxのもとでベン・ジャコビーが脚本を執筆し、監督には『クリスティーン』などのアントニオ・カンポスの名前が挙がっていた(出典:20th Century Studios公式)。ところが、ここから企画は表舞台からしばらく姿を消す。

再始動したのは、Fox資産がディズニー傘下に入った後の2022年5月。20th Century Studiosは、それまでテレビ演出を手がけてきたアルカシャ・スティーヴンソンを長編映画監督デビュー作の監督に抜擢し、パートナーであるティム・スミスと共に脚本をリライトさせた。最終クレジットは、原案ベン・ジャコビー、脚本ティム・スミス&アルカシャ・スティーヴンソン/キース・トーマス、製作デヴィッド・S・ゴイヤーとキース・レヴィンという布陣に落ち着いている。ゴイヤーは『ヘルレイザー』、レヴィンは『ナイト・ハウス』を手がけたPhantom Four系のスタッフで、ホラー畑としては安定感のある座組みだ。

ローマのロケと、複数の建築でつくった架空の教会

主要撮影は2022年9月19日から11月22日まで、ローマ周辺と現地スタジオ「Lumina Studios」で行われた(出典:Italy for Movies)。孤児院のシーンにはVilla ParisiとProcoioの農場、ヴィテルボのPalazzo dei PapiやPorta San Pietro、ネーピのSan Pietro Apostolo教会や大聖堂と、複数の実在建築を組み合わせて1971年のローマを再構築している。つまり劇中に映る巨大な宗教施設は、一つの建物ではなく、いくつものロケとセットを映画的につなぎ合わせた”合成の空間”というわけだ。

幻の”別のフィナーレ”

面白いのは、完成までに終盤の展開を一度作り直している点。VFXスーパーバイザーのジェームズ・クーパーは、俳優と特殊メイクを使った”まったく別のフィナーレ”を実際に撮影していたと明かしている(出典:CG Lab / befores & afters)。その後、怪物のデザインと結末そのものを変更し、完成版では怪物をほぼCGで再構成、炎のシーンは300fpsで実写プレートを追加撮影して合成している。ただし、これがいわゆる「大規模なリシュート(再撮影)」として何日間、どの規模で行われたかまでは、今回確認した資料からは特定できなかった。派手な”撮り直し伝説”として盛りたくなるところだが、そこは正直に「不明」としておく。

動機は「テキサスの中絶規制」だった

なぜスティーヴンソンは、この前日譚を女性の身体をめぐる恐怖として撮り直そうとしたのか。答えは彼女自身の口から語られている。

共同脚本家でパートナーのティム・スミスとテキサス州にいた時期、いわゆる「6週規制」(妊娠6週以降の中絶を実質的に禁止する州法)が成立したタイミングで、スタジオに企画を持ち込んだという。本人いわく「Yeah, that was a big motivation(そう、それが大きな動機だった)」(出典:Uproxx)。さらに、米連邦最高裁がRoe v. Wadeの枠組みを覆したDobbs v. Jackson Women’s Health Organization判決(2022年6月24日)が出た日に、撮影地へ飛んだとも回想している。

ちなみに、ここは一つ注意しておきたい部分だ。Dobbs判決の日付は2022年6月24日だが、Italy for Moviesが記録する主要撮影開始は同年9月19日。監督の言う「飛んだ」を文字通り”クランクイン初日”と解釈すると、日付が2ヶ月以上ズレてしまう。おそらく撮影準備や現地入りを広く「shoot」と表現しただけだと思われるが、断定できる資料はないので、あくまで推測として置いておく。

スティーヴンソンは、1976年版を「親世代が若い反抗的な世代を恐れる」70年代的な映画だったと分析したうえで、本作ではその反対側――若者が親世代や制度的権力を恐れる側――から物語を語ろうとしたと説明している。単なるノスタルジー消費の焼き直しに見えることを、制作陣はかなり警戒していたという。

NC-17との攻防、そして”あの13秒”

なぜ出産シーンが問題になったのか

アメリカでのレイティング審査は難航した。問題になったのは暴力描写ではなく、出産シーンで女性器を正面から捉えたワンショット。これが原因で一時NC-17判定を受けている。NC-17とは、アメリカのMPA(映画協会)が定めるレーティング区分の一つで、日本のR18+よりさらに厳しい「17歳未満は保護者同伴でも入場不可」という、事実上の劇場公開制限に近い等級だ。スタジオ映画がこの判定のまま公開されることはまずなく、たいていは編集でR指定まで下げるのが業界の慣例になっている。本作もその例に漏れず、スティーヴンソンによれば審査側と「maybe four or five times(4〜5回)」やり取りを重ねたという(出典:TheWrap)。

別の取材によると、問題のショットは当初の約13秒から約3秒に短縮され、横方向からのアングルを加えることで妥協案がまとまり、最終的にR指定を獲得している(出典:PEOPLE)。監督自身は、このショットについて「that shot is the theme of the film(あのショットこそがこの映画のテーマだ)」とまで語っている(出典:Reuters)。恐怖の対象は女性器そのものではなく、「身体に何をされているか」というテーマ設計そのものだったわけだ。

日本ではPG12、争点はまったく別だった

一方、日本の映倫では同じ作品がPG12で通過している(2024年3月28日審査、映倫番号49715、上映時間1時間58分、出典:映画倫理機構)。指定理由として前面に出るのは「殺傷・流血、自殺」であり、アメリカで最大の争点だった身体表現への言及はない。同じ映画が国によってまったく異なる論点でレイティングされているのは、地味だがかなり興味深い対比だと思う。日本での申請者〈配給〉表記はウォルト・ディズニーとなっている。

興行成績――「大ヒット」でも「爆死」でもない中規模作

世界興収は「約5,400万ドル」

数字の話をしよう。The Numbersのデータでは、製作費3,000万ドルに対し、北米最終興収は20,092,802ドル、世界興収は53,992,802ドル(出典:The Numbers)。Box Office Mojo側の世界興収は53,845,880ドルで、両者に約14.7万ドルの差があるが、北米分は一致している(出典:Box Office Mojo)。ざっくり「世界興収は約5,400万ドル」と見ておけば大きくは外れないはずだ。

単純計算で世界興収÷製作費は約1.8倍になるが、宣伝費(P&A費)や劇場側の取り分、配信・二次利用の収益が公開されていない以上、これだけで「黒字だ」「赤字だ」と判定するのは早計だと思う。

地域別に見ると

北米初週末は8,353,710ドル(4位・3,375館)、メキシコが海外市場の中では特に強く最終5,811,132ドルを記録している。日本は最終1,270,215ドルと、洋画全体が邦画優勢の日本市場(2024年の洋画シェアは24.7%、出典:日本映画製作者連盟)で公開されたことを考えると、まあ妥当な数字だろう。

批評とキャスト――ネル・タイガー・フリーの再評価

批評家からは高評価、観客はやや割れる

興行は中規模だったが、批評面はそれよりはっきり強い。2026年9月11日時点でRotten Tomatoesは批評家84%(195件)、認証済み観客69%。Metacriticは65/100(33件)で、「作家性が強く、予想以上に成功したスタジオホラー」という評価に落ち着いている(出典:Rotten Tomatoes)。

ホラー専門メディアFANGORIAの2024 Chainsaw Awardsでは、作品・監督・主演・脚本・撮影(アーロン・モートン)・衣装(パコ・デルガド)・音楽(マーク・コーヴェン)の7部門にノミネートされた(出典:FANGORIA)。主演のネル・タイガー・フリーは、San Diego Film Critics SocietyのBreakthrough Performance部門でMikey Madisonに次ぐ次点となっている(出典:SDFCS)。『ゲーム・オブ・スローンズ』『Servant』を経てきた彼女にとって、大手スタジオ映画を単独で牽引する重要な機会であり、批評家評価という意味でも「ホラーの有望な主演」として再認識される結果になったと言っていいと思う。

キャストと衣装

周囲を固めるのはソニア・ブラガ(『蜘蛛女のキス』)、ラルフ・アイネソン(『ノースマン』)、ビル・ナイ(『生きる LIVING』)、タウフィーク・バルホム(『Mary Magdalene』)といった、国際的に認知されたベテラン陣。若いフリーを中心に据え、重厚な俳優を制度側の権威として配置する構成は、主人公マーガレットの孤立感を際立たせる狙いがあったのでは、と個人的には読める。ただしこれは演出上の推測にすぎず、キャスティング担当者が「その意図で選んだ」と明言した資料は今回見つかっていない。

衣装デザインを担当したパコ・デルガド(『レ・ミゼラブル』『リリーのすべて』でアカデミー賞候補歴あり)は、修道院内部にはゴシック的で時代から隔絶された感触を、外のローマには色彩や性、労働、社会的対立の活気を持たせるという対比を意識したと語っている。脚本を読んだ夜に怖くなって寝室に鍵をかけた、というエピソードも残っている(出典:HOLA!)。

2024年という文脈――”お腹の中への恐怖”が集まった年

『オーメン:ザ・ファースト』が公開された2024年は、『Immaculate』『Apartment 7A』『Alien: Romulus』など、「妊娠している自分の身体が、自分の意思とは関係なく何かに利用されてしまう」という恐怖を描く作品が、同時多発的に登場した年でもあった。いわば”お腹の中に何が起きているか分からない怖さ”を扱った作品が一気に並んだ年、と言えばイメージしやすいだろうか。The Guardianはこの潮流を、Dobbs判決後のアメリカにおける身体的自己決定への不安と結びつけて論じている(出典:The Guardian)。

学術面でも動きは早い。Warwick大学の研究者らによる論考「The unholy fusion of reproductive futurism and toxic nostalgia in Immaculate and The First Omen」が学術書の一章として発表されているほか、ブラジルのPUCRSでも本作と『Immaculate』を比較する学位研究が登録されている(出典:PUCRS)。公開からまだ2年半に満たない段階で、フェミニズム映画研究や身体ホラー研究の対象になっているのは、正直かなり異例のスピードだと思う。

なお、公開年の2024年は業界全体としても特殊な年だった。2023年のWGA・SAG-AFTRAストライキの影響で北米の年間興行は約87.5億ドルにとどまり、前年比3%超の減少、パンデミック前の110億ドル超という水準にはまだ戻っていない時期にあたる。本作が上半期の4月という、作品供給が薄い時期に劇場公開されたのは、この供給不足の只中だったことも一応押さえておきたい。

まとめ

『オーメン:ザ・ファースト』は、興行的には製作費3,000万ドルに対し世界興収約5,400万ドルという、決して”大爆発”はしていない中規模作品だ。でも1976年版が前提としていた「恐怖の主語」を、子を恐れる父親から、妊娠させられる女性へと丸ごと入れ替えた点で、単なるIP前日譚以上の仕事をしていると思う。

NC-17回避の編集交渉も、終盤の作り直しも制作秘話としては十分おもしろい。でも個人的に一番グッとくるのは、半世紀前の男性中心的な神話を、2020年代の身体政治というレンズを通して別の視点から語り直そうとした、その制作判断そのものだ。前日譚というフォーマットの縛りを逆手に取って、原典の”恐怖”の意味を書き換えてしまった。これが本作の一番の見どころだと思う。

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