1981年、自主映画に近い環境から生まれた『死霊のはらわた』は、やがてカルト映画の代名詞になった。それから約30年後、この伝説を真正面から作り直すという企画が動き出す。折しも同じ時期、ハリウッドは『エルム街の悪夢』『13日の金曜日』『ハロウィン』など名作ホラーのリメイクを量産しては軒並み不評を買っていた。その中で、なぜ2013年版『死霊のはらわた』だけが評価されたのか。監督に選ばれたハリウッド長編未経験のフェデ・アルバレス、脚本に非公表で関わったダイアブロ・コーディ、そして原点の中心人物サム・ライミ、ロブ・タパート、ブルース・キャンベルの関与まで、確認できる事実を軸に制作の裏側を見ていく。
1981年のカルトが、なぜ2013年に蘇ったのか
『死霊のはらわた』というタイトルを聞いて、多くの人が思い浮かべるのはブルース・キャンベル演じるアッシュのチェーンソーや大げさなリアクションだろう。しかしオリジナルの1981年版は、今のイメージよりずっと純粋で容赦のないホラー映画だった。低予算ゆえの荒々しさが、そのまま作品の狂気に変換されていたのである。
それから約30年後、この伝説をもう一度スクリーンに乗せるという、かなり危険な企画が動き出す。監督に選ばれたのはハリウッド長編未経験のフェデ・アルバレス。主演はジェーン・レヴィ。製作にはサム・ライミ、ロブ・タパート、ブルース・キャンベルという原点の中心人物が名を連ねた。同じ時期、他の名作ホラーのリメイクはことごとく不評に終わっていた。その中で本作だけが評価された理由はどこにあったのか。制作の裏側を、確認できる事実を軸にたどっていく。
基本情報とあらすじ
公開年は2013年、監督はフェデ・アルバレス、脚本はアルバレスとロド・サヤゲス。製作費は約1,700万ドル、世界興行収入は約9,754万ドルとされている。主人公はミア。薬物依存から抜け出そうとする彼女を支えるため、兄デビッドと友人たちは山奥の小屋に集まる。ところが地下室で見つけた不気味な「死者の書」をエリックが読んでしまい、森に潜んでいた邪悪な存在が目を覚ましてしまう。
なぜこの企画は成立したのか
リメイクが難しい理由
『死霊のはらわた』ほどリメイクが難しい作品も珍しい。若いサム・ライミたちが自分の手で血糊を作り、森の中で撮影し、ありとあらゆる工夫で完成させた「作り手の狂気」自体が魅力になっているからだ。新版発表時には「なぜ今リメイクする必要があるのか」という反発も当然あった。
オリジナル陣の関与という担保
ただしこの企画には決定的な違いがあった。第三者が有名タイトルを勝手に再利用したのではなく、サム・ライミ、ロブ・タパート、そしてアッシュ役のブルース・キャンベル自身が関わっていたのである。キャンベル自身も後年、このリメイクを軽い気持ちで作ったものではないという趣旨で語っている。
同時代のリメイクは軒並み苦戦していた
プラチナ・ダンズ製リメイクの失速
2013年版が公開される少し前まで、ハリウッドはホラー名作のリメイクで溢れていた。プラチナ・ダンズ製作の『エルム街の悪夢』『13日の金曜日』『ハロウィン』『悪魔のいけにえ』は、いずれも旧作のファンから厳しい評価を受け、単なる焼き直しという印象を強めていった。観客の側にも「またリメイクか」という疲労が明確に蓄積していた時期である。
「小屋に残る理由」という一手
2013年版がこの流れと一線を画したのは、キャラクターに小屋へ残る具体的な理由を与えたことだった。ミアが薬物離脱の症状を抱えているため、異常な言動を見せても仲間たちはすぐに「悪魔に取り憑かれた」とは考えず、「禁断症状から逃げようとしている」としか見えない。ホラー映画が抱えがちな「なぜ危険な場所から逃げないのか」という弱点への、明確な答えが用意されていたわけだ。A.V. Clubも公開当時、ミアの依存症が異常行動を説明する仕掛けとなっており、悪魔憑きが依存症の比喩として機能していると指摘している。同じ「森の小屋」という骨格を使いながら、他のリメイクが手を付けなかった一点にだけ手を入れる。この的の絞り方こそが、他の失速したリメイク群と本作を分けた分岐点だったと言えるだろう。
脚本を支えた見えない手
YouTubeから見出された新人監督
アルバレスが注目されたきっかけは2009年の短編『Panic Attack!』。巨大ロボットが都市を破壊するSF短編がネット上で急速に広まり、それを見たサム・ライミらが彼に目をつけた。ニュージーランド映画委員会も、ライミ、タパート、キャンベルらがYouTube上のこの短編を見てアルバレスを発見したと紹介している。ライミは「監督は一人であるべきだ」という考えを重視し、アルバレスとサヤゲスが書いた脚本をそのまま採用、最終的にはアルバレスのビジョンを尊重したと説明している。
ダイアブロ・コーディの非公表の関与
あまり知られていないが、脚本にはもう一人の手が入っている。『JUNO/ジュノ』でアカデミー賞を獲得したダイアブロ・コーディが、クレジットなしでミアのキャラクターに手を加えていたのだ。コーディ本人は後年のポッドキャストで、「軽い手直しだった。自分の関与が公表されたことに驚いたし、当時は相当叩かれた」という趣旨を語っている。女性主人公により厚みを持たせるための起用だったといい、この一手が結果的にミアという「新しいアッシュ像」の説得力を底上げした可能性がある。
2013年版が選んだ方向性
笑いを削ったこと
シリーズを象徴するブラックユーモアやチェーンソー、大げさなリアクションが強くなったのは、主に『死霊のはらわたII』以降だ。1981年の初代は、現在のイメージよりはるかに純粋な恐怖映画だった。アルバレスはそこに注目し、2013年版ではコミカルな要素をかなり抑え、暴力そのものを笑いへ逃がさない選択をした。Rotten Tomatoesの批評家総評も、オリジナルの荒唐無稽なユーモアは薄いものの、新版は猛烈な恐怖とゴア描写、血まみれの暴力でそれを補っているという趣旨で評している。
撮影の舞台裏
ニュージーランドロケ
物語の舞台はアメリカだが、撮影はニュージーランドで行われた。ニュージーランド映画委員会によると、作品は全編ニュージーランドで撮影され、ロケにはオークランド郊外のウッドヒル・フォレストが、室内シーンにはイースト・タマキのスタジオが使われている。プロデューサーのロブ・タパートは以前からニュージーランドと深いつながりを持っており、後の『Ash vs Evil Dead』や『Evil Dead Rise』も同地で制作された。
CGより「本物」を選んだ理由
2013年版を語るうえで最も重要なのが特殊効果の方針だ。アルバレスは可能な限り実物効果を使う方針を取った。特殊メイク担当者への取材でも、監督が早い段階から「できる限りカメラの前で実際に起こしたい」という意向を示していたことが確認できる。切断された腕、裂ける皮膚、火傷、身体変形——これらの多くは特殊メイク、ダミー、血液ポンプ、スタント、強制遠近法、固定カメラといった昔ながらの手法を組み合わせて表現された。ニュージーランドで効果を担当したMain Reactorも、ロックしたカメラやスタントパフォーマー、強制遠近法を使ったと説明している。アルバレス自身は、実際の血や特殊メイクが目の前にあることで、俳優がグリーンスクリーン越しの想像に頼らずに演技できると考えていたようだ。ただし、これは完全にCGを排除したという意味ではなく、実物効果を優先したという理解が正確だろう。
伝説になった大量の血糊
アルバレスは2013年のインタビューで、制作全体で「50,000ガロン」の血糊が使われたと聞かされたと語っている。ただしこの数字はアルバレス本人の発言として報道されているものであり、独立した制作会計資料などで裏付けられた数字ではない点には注意が必要だ。それでも映像を見れば、大量の血糊が使われたこと自体は疑いようがない。
キャスト陣の奮闘
ジェーン・レヴィにとって過酷な現場
ミアを演じたジェーン・レヴィは本作最大の功労者だろう。当時はテレビドラマ『Suburgatory』で知られ、ホラーアイコンのイメージはほとんどなかった。だが本作では、依存症に苦しむ女性、死霊に取り憑かれた存在、そして終盤には生存者として死霊に立ち向かう人物と、一作で複数の顔を演じることになる。SXSWでレヴィ自身は、女性がホラー映画の中で悪役や恐ろしい存在も演じられることに魅力を感じたという趣旨を語っている。撮影は泥、大量の血、特殊メイク、雨、地中に埋められるシーンなど身体的に相当厳しいものだったようで、SXSWでは埋葬シーンだけでも複数パターンを撮影したことが語られている。
ミアは「新しいアッシュ」ではない
アルバレスはブルース・キャンベルのアッシュを若い俳優に置き換えなかった。序盤はデビッドが主人公のように見えるが、物語が進むにつれ中心人物はミアへ移っていく。Slant Magazineは公開当時、オリジナルには存在しなかった「ファイナルガール」的な構造を指摘している。
登場人物たちの役割
ミアの兄デビッド(シャイロー・フェルナンデス)は、表面的には従来型ホラーの主人公に見えるが、映画は観客の予想を裏切る方向へ進む。死者の書を読んでしまうエリック(ルー・テイラー・プッチ)は、物語が進むにつれ何が起きているのかを読み解こうとする役割も担い、本作の過剰なゴア描写を象徴する存在になる。看護師オリビア(ジェシカ・ルーカス)は医学的知識が死霊の前では無力になる恐怖を体現し、デビッドの恋人ナタリー(エリザベス・ブラックモア)には義腕や血液ポンプを駆使した代表的な特殊メイクシーンが用意されている。
公開までの道のり
MPAAとの攻防
アルバレスによれば、最初の編集版はNC-17相当と判断され、大規模な劇場公開のためにはR指定へ収める必要があった。ただし意外なのは、大規模なシーン削除をしたわけではないことだ。ショットそのものを削るというより、映している時間を数秒、数フレーム単位で短くする形で調整したとアルバレスは説明しており、その結果として映像がむしろ鋭くなり、劇場公開版が自分の好むバージョンになったとも語っている。
SXSWでの熱狂
ワールドプレミアは2013年3月8日のSXSW。ロサンゼルス・タイムズの現地報道によれば、上映中には悲鳴や笑い、驚きの反応が起きる熱狂的な上映になったという。リメイクへの懐疑論が強かった分、この反応が公開直前の評判を大きく変えたと考えられる。
興行と批評
低予算ホラーが稼げた時代
本作が公開された2013年は、低〜中予算ホラーが興行的に大きな利益を生むジャンルとして再注目されていた時期だ。同年には『MAMA』(製作費約1,500万ドル)、『パージ』(約300万ドル)、『死霊館』(約2,000万ドル)などが公開されており、『死霊のはらわた』の約1,700万ドルもこの水準に近い。巨大VFX大作と比べれば小規模だが、当たれば何倍もの売上になるというビジネスモデルの強さが、2010年代のホラーブームを支えていた。
興行収入は明確な成功
Box Office Mojoによると、製作費は約1,700万ドル。北米では2013年4月5日に3,025館で公開され、初週末興行収入は25,775,847ドル。つまり公開最初の週末だけで製作費を上回る額を売り上げたことになる。最終的な北米興行収入は54,239,856ドル、海外は43,303,096ドルで、世界合計は97,542,952ドル。単純計算では世界興収は製作費の約5.7倍だが、劇場取り分や宣伝費、配給費が差し引かれるため「5.7倍儲かった」という意味ではない。それでも1,700万ドル級のR指定ホラーとしては十分な成功と言える。
批評は「絶賛」ではなく賛否両論
現在Rotten Tomatoesでは批評家205レビューを基に約63%、Metacriticは38レビューを基に57点で「Mixed or Average Reviews」に分類されている。評価されたのは特殊効果、ゴア描写、ジェーン・レヴィの演技、オリジナルとは異なる方向性。一方でリチャード・ローパーは、暴力や肉体破壊そのものへの依存を指摘し怖さよりグロテスクさを優先していると厳しく評した。トロント・スターの批評はさらに踏み込み、Saw以降のホラーに慣れた観客にとって展開が読めてしまい、恐怖よりも「お約束をなぞる退屈さ」を感じさせると指摘している。同じ実物効果へのこだわりを、ある批評家は「勇気ある選択」と評し、別の批評家は「安全策」と評した。この評価の割れ方自体が、本作の立ち位置をよく表している。
ファンサービスと作品の位置づけ
1981年版ファンへの仕掛け
森を高速で移動する視点、小屋、地下室、死者の書、チェーンソー、そしてサム・ライミ作品でおなじみのオールズモビル。SXSWでの報道でも、ミア初登場シーンにライミ愛用の1973年型オールズモビルが置かれていることが紹介されている。ブルース・キャンベルは製作として名を連ねるが、サム・ライミの助言もあり本編ではアッシュを大きく登場させず、新しい登場人物だけで物語を成立させている。
リメイクか、リブートか、リイマジニングか
一般的には1981年版の「リメイク」と呼ばれるが、ストーリー、人物、設定はかなり変更されている。サム・ライミは後にアッシュとミアの世界が交わる可能性に言及したこともあり、厳密には「初代を基礎にした再構築・リイマジニング」と捉えた方が作品の性格には近いだろう。
その後への影響、そして今
アルバレスのキャリアとシリーズへの影響
約1,700万ドルの映画で約9,750万ドルの世界興収を上げたことで、アルバレスは一気に国際的な監督になった。だが次に選んだのは巨大フランチャイズではなく、オリジナル脚本の『ドント・ブリーズ』だった。シリーズ側も、2015年にはブルース・キャンベル主演の『Ash vs Evil Dead』、2023年にはリー・クローニン監督の『Evil Dead Rise』を送り出しており、「アッシュがいなくてもEvil Deadは成立する」という可能性を2013年版が最初に証明した形になる。
「忘れられた成功作」という皮肉
もっとも、この成功には少し皮肉な側面もある。Rotten Tomatoes編集部の記事は、本作を「サム・ライミとブルース・キャンベルが、正式な続編をせがまれ続けるファンをなだめるために作ったソフトなリメイクだったが、結局その後『Ash vs Evil Dead』を作る羽目になった」という趣旨で紹介している。また、公開当時は歓迎された本作が、その後の話題からはやや後退し、「気づけばあまり語られなくなった映画」だと振り返るレビューも見られる。興行的な成功と、シリーズ史における記憶のされ方は、必ずしも一致しないということだろう。
まとめ:成功したリメイクだったのか
結論としては、商業的には明確な成功、批評的には賛否両論、ホラー映画としては強い個性を残した作品、という三つを分けて考えるべきだろう。同時期に量産されたリメイクの多くが「旧作の看板を借りるだけ」で失速する中、本作は薬物依存という一点に手を入れることで、キャラクターが小屋に留まる理由という長年の弱点を埋めた。笑いを減らし、痛みを増やし、実物効果にこだわり、主人公を女性にする。その一つひとつは小さな選択に見えるが、積み重なることで「1981年版の劣化コピー」になることだけは避けられたのである。
もし2013年版が完全な失敗に終わっていたら、『Ash vs Evil Dead』や『Evil Dead Rise』が同じ形で続いていたかは分からない。1981年版が「金がなくても狂ったアイデアがあれば映画は作れる」ことを示した作品だとすれば、2013年版は「伝説的作品であっても、恐れず別物に作り直していい」ことを示した作品だったのかもしれない。
