先に白状しておく。この映画を観て、帰り道に「悪くはないけど、何か足りない」という感覚をどうしても拭えなかった。エレン・バースティンが帰ってきた瞬間は鳥肌が立ったのに、クライマックスの悪魔祓いシーンでは気持ちが冷めてしまった。後になって制作の裏側や原作の細部を調べてから見返すと、この違和感の正体がかなりはっきり見えてきた。
『信じる者』を映画館で観て、正直モヤモヤした話
先に白状しておく。私は公開当時、劇場でこの映画を観て、帰り道に「悪くはないけど、何か足りない」という感覚をどうしても拭えなかった。エレン・バースティンが帰ってきた瞬間は鳥肌が立ったのに、クライマックスの悪魔祓いシーンでは気持ちが冷めてしまった。後になって制作の裏側や原作の細部を調べてから見返すと、この違和感の正体がかなりはっきり見えてきた。
なぜ今、50年前の『エクソシスト』を継ぐ必要があったのか
本作は2023年公開、監督はデヴィッド・ゴードン・グリーン。1973年版でクリス・マクニールを演じたエレン・バースティンが約50年ぶりに同役で復帰したのが最大の話題だった。単なるリメイクではなく、1973年版の物語をそのまま現代へ繋げる「レガシー・シークエル」という手法が採られている。
『ハロウィン』と同じ手法をなぞった理由
グリーンは2018年の『ハロウィン』でも1978年版を直接的な原点とし、ジェイミー・リー・カーティスを復帰させる同じ構造を使っている。正直、この時点でまたこのパターンか、と思った観客は少なくないはずだ。企画としては手堅いが、裏を返せば新規性より安全策を選んだということでもある。
音楽・撮影チームが狙った「静かな不穏さ」
音楽はデヴィッド・ウィンゴとアマン・アッバシの共作、撮影はマイケル・シモンズ、編集はティモシー・アルヴァーソンが担当した。派手なジャンプスケアより、じわじわ来る不安を積み上げるタイプの座組で、私はここは地味に良い仕事をしていると思う。ただしこの丁寧さが、後半の駆け足な展開とかみ合っていない印象も正直ある。
物語の核心|森の降霊術から始まる悲劇
忘れられがちだが、この映画の発端はかなり生々しい。新婚旅行中だった写真家ヴィクターと妊娠中の妻ソレーヌはハイチ地震に遭遇し、ヴィクターは母体か胎児か、どちらを救うかという究極の選択を迫られる。13年後、ソレーヌを失ったヴィクターは娘アンジェラと暮らしているが、この冒頭のトラウマが後半の信じる/信じない、というテーマに直結してくる。
看護師ポーラが暴いた過去
アンジェラは親友キャサリンと森へ行き、亡き母ソレーヌを呼び出す降霊術を試みる。三日間行方不明になり発見されるが、本人たちは三時間しか経っていない、と主張する。アンジェラの検査を担当する元修道女の看護師ポーラは、しわがれた男の声で過去に子供を堕ろした事実を暴かれ、恐怖のあまりクリス・マクニールの体験談本をヴィクターに渡す。ここまでの前半は、正直かなり丁寧に作られていると思う。
衝撃のラスト「一人は生き残り、一人は死ぬ」
クリスがキャサリンと対峙し悪魔祓いを始めると、キャサリンは十字架でクリスの目を突き刺す。さらに悪魔は見守る親たちに一人は生き残り、一人は死ぬ、どちらかを選べ、と冷酷な二択を突きつける。伝説の生存者クリスですら無傷では済まないこの容赦のなさは、私はかなり効いていると感じた。ここで賛否が分かれる理由は単純で、重すぎると感じる人と1973年版にはなかった恐怖の切り口と評価する人がいるからだ。救いのなさに対する耐性の違いが、そのまま評価の分岐点になっている。
宗教を一つに絞らなかった判断
1973年版はカトリックの悪魔祓いが中心だったが、本作ではペンテコステ派やウイッカなど複数の信仰・儀式を調査したうえで、異なる宗教背景の人々が共同で少女たちを救おうとする構成に変えている。私はここが二つ目の分岐点だと見ている。多様性を描いた野心を評価する声がある一方、カトリック対悪魔というシンプルな恐怖の軸をぼかしたと感じる人もいる。どちらの読み方も成立すると思う。
父ヴィクターとカラス神父の共通点
1973年版ではカラス神父自身の信仰の揺らぎが恐怖の核だった。本作ではそれを父親ヴィクターに置き換えている。娘に異常が起きても最初は現実的な説明を求め、最終的に自分が信じていなかったものと向き合わされる構造だ。レスリー・オドム・Jrの抑えた演技はこの役によく合っていて、Rotten Tomatoesの初期レビュー特集でも彼の存在感だけは評価する声が目立っていた。私も、この映画で一番救われているのはオドム・Jrの芝居だと思っている。
フリードキン監督はこの続編を見ずに世を去った
1973年版を手がけたウィリアム・フリードキンは、本作の公開2か月前にあたる2023年8月に87歳で亡くなっている。グリーンはアカデミーのインタビューで、フリードキン本人と直接連絡を取ったことはなかったが、この続編を見たらどう思っただろうかと考えていたと明かしている。原点の作り手が完成作を見届けられなかったという事実は、レガシー・シークエルという企画そのものに、どこか物悲しい影を落としていると私は感じる。
エレン・バースティン復帰の裏に奨学金交渉があった
正直、この制作秘話が本作で一番面白い。Pace Universityが紹介する本人の説明によれば、バースティンは当初オファーを断っていた。提示額が上がった際、彼女が出した条件は自分のギャラ増額ではなく、Pace UniversityのActors Studio Drama Schoolに学ぶ若手俳優のための奨学金制度の創設だった。単に高額ギャラで釣られたわけではなく、シリーズ復帰を次世代俳優の育成に結び付けたわけで、私は本作を懐古商法と切り捨てるのは少しフェアではないと思っている。
リンダ・ブレアはアドバイザーとして参加していた
1973年版でリーガンを演じたリンダ・ブレアは主要キャストとしては出演していないが、若い出演者を精神的・身体的に支えるアドバイザーとして制作に関わった。子役に悪魔憑依という重い題材を演じさせる以上、現場にはSpiritual Coordinatorという役職まで用意されていたという。ここは素直に評価していい部分だと私は思う。
CGより実物にこだわった特殊メイク
グリーンはCG主体の悪魔祓い映画について、現実離れしたスーパーヒーロー映画のように見えると語っている。特殊メイクチームを率いたクリストファー・ネルソンの下、できる限り物理的な特殊効果を使う方針を貫いた点は、私はこの映画で一番好きな部分だ。
段階的に設計された変化
クリストファー・ネルソンによれば、アンジェラとキャサリンの変化は一気に悪魔顔になるのではなく、目の充血や変色といった小さな変化から始まり、義歯や人工皮膚が段階的に追加されていくよう設計されている。狙いはファンタジーの怪物ではなく、病気や感染で実際に起きているのではと思わせる生々しさだ。クライマックスの悪魔祓いシーンだけで約3週間、少女役二人には1日約2時間半のメイクが必要だったというから、現場の苦労は相当なものだったはずだ。
数秒のために全身造形されたラマシュトゥ
本作ではメソポタミア神話の悪魔ラマシュトゥがモチーフとして取り入れられ、ボディースーツと人工皮膚、角と翼のハーネスまで作られた特殊メイクが用意された。ところが完成した映画ではその姿はわずかしか映らない。この見えない部分にまで金と時間をかける姿勢は、私は率直に称賛したい。
リディア・ジュエットとオリヴィア・オニールの熱演
アンジェラ役のリディア・ジュエットとキャサリン役のオリヴィア・オニールは、特殊メイクで顔を完全に覆い隠されるのではなく、本人の表情が見える設計になっている。狙いは怪物を見せることではなく、さっきまで普通だった少女がまだその顔を残したまま何か別の存在へ変わっていく恐怖だ。撮影が精神的に重くなった時には現場で音楽を流すなど雰囲気を切り替えていたとグリーンは明かしており、この年齢の子役にここまで過酷な演技をさせた判断自体、私は最後まで賛否が割れて当然だと思っている。
興行成績|初登場1位だが伸び悩んだ
- 全世界興行収入:約1億3,629万ドル
- 北米興行収入:約6,554万ドル
- 北米以外:約7,076万ドル
- 製作費:約3,000万ドル
Oricon(Box Office Mojo調べ)によれば、全米オープニング週末は約2,649万7,600ドルで初登場1位。同時公開となった世界52マーケットのうち、イギリス・メキシコ・スペインなどでも初登場1位を獲得している。滑り出しだけを見ればエクソシストの熱狂再びと言いたくなる数字だった。
この勢いは長続きしなかった
単純な引き算だけを見れば黒字に見えるが、これは劇場側の取り分やマーケティング費を無視した数字だ。しかも本作にはユニバーサルとピーコックが権利獲得に4億ドル以上を投じたという背景がある。この巨大投資に対するリターンとして見ると、興行的には明らかに物足りない結果だったと私は判断している。
批評家からの厳しい声
Rotten Tomatoesは批評家252件でTomatometer22%、Metacriticは54件で39点、「Generally Unfavorable」の区分だった。TheWrapのウィリアム・ビビアーニは、信仰をめぐる真剣な議論を避け、ファンサービス以上のものになっていないと切り捨てた。ローリングストーンのデヴィッド・フィアーも、この映画のせいで悪名高いエクソシスト2の方がまだましに見えると評している。私自身、この二つの指摘にはかなり同意している。
シリーズ全体の中での位置づけ
あらためて数字を並べると、『エクソシスト本編89%、『エクソシスト2』9%、『エクソシスト3』58%、『ビギニング』11%、『ドミニオン』30%、そして『信じる者』は22〜24%前後。シリーズ史上でも下から数えて三番目という位置にある。単発の失敗というより、続編を作るたびに同じ壁にぶつかってきたシリーズの宿命を、私はここに感じてしまう。
日本公開の舞台裏
日本では2023年12月1日、東宝東和配給で公開された。プロモーションでも50年ぶりの悪夢というコピーが前面に押し出され、1973年版のオリジナル世代とその子ども世代の両方を狙った売り方が展開されていた。
豪華な吹替版キャスト
日本語吹替版も製作され、諏訪部順一、佐倉綾音、鬼頭明里、竹村叔子、小林ゆう、仲野裕、仲村かおり、三木眞一郎という声優陣が参加している。少女役の佐倉綾音と鬼頭明里はオリコンの取材に対し、アフレコ中に怪奇現象を感じ二人で嫌な気持ちになったと語っており、リップサービスの面はあるにせよ、現場の緊張感を物語るエピソードだと思う。
日本での興行収入は控えめだった
Box Office Mojoの集計では、日本での興行収入は約109万4,478ドル。初週末は244館で約38万5,500ドルを記録している。全世界興収約1億3,629万ドルと比較すると、日本市場で大ヒットした作品とは言いにくい。宗教色の強い悪魔祓いものが日本の一般層に刺さりにくいという構造的な事情もあるが、それを差し引いても私は控えめな結果だと見ている。
【続報】続編『Deceiver』はなぜ中止になったのか
本作は本来、新三部作の第一章として企画されていた。しかし『信じる者』の不振を受け、続編『The Exorcist: Deceiver』(2025年4月18日公開予定だった)は2024年1月にグリーンが降板し、公開スケジュールから外れた。同年5月、ユニバーサルとブラムハウスは正式にDeceiverとその次作の企画を白紙撤回している。
グリーンが明かした未使用の構想
joblo.comが伝えたIndieWireのインタビューで、グリーン本人は次回作の脚本は書き上がっており、三作目の構想もヨーロッパロケを含めて固まっていたと明かしている。続編ではリーガンやクリスに戻るのではなく、アン・ダウド演じる看護師アンをヨーロッパへ連れて行く展開を考えていたという。企画自体は生きていたのに、興行と批評の不振が全てを止めてしまったわけで、私はこれを単なる興行不振以上に、企画の構造的な無理が露呈した結果だと見ている。
マイク・フラナガンへのバトンタッチ
2024年5月、ユニバーサルとブラムハウスは『ドクター・スリープ』や『真夜中のミサ』で知られるマイク・フラナガンを新たな『エクソシスト』の脚本・監督・製作に起用すると発表した。この新作は『信じる者』の続編ではなく、1973年版と同じ世界観に属しつつ独立した、まったく新しい物語として作られている。タイトルは『The Exorcist: Martyrs』とほぼ確定しており、スカーレット・ヨハンソンを筆頭に、キウェテル・イジョフォー、ダイアン・レイン、ローレンス・フィッシュバーンら豪華キャストが名を連ねる。
フラナガンの実績が示す期待値
フラナガンは『真夜中のミサ』『ザ・フォール・オブ・ザ・ハウス・オブ・アッシャー』『ドクター・スリープ』『ライフ・オブ・チャック』など、人間ドラマを積み上げてから恐怖に落とし込む作風で知られる。The Hollywood Reporterの取材で本人は、あれほど巨大な作品に手を出す以上は新しいものを持ち込む意味がなければならないと語った。ヨハンソンは、12年前に悪名高いサタニストの連続殺人犯を逮捕した女性刑事が、自分の息子が悪魔的な力の標的になる新たな事件に巻き込まれる役を演じる。当初2026年3月公開予定だったが制作延期を経て、現在は2027年3月12日公開に変更されている。私は、この完全な創作の自由をフラナガンに与えた人事そのものが、『信じる者』における反省の表れだと考えている。
なぜ1973年版を超えるのがこれほど難しいのか
少女の変貌、医学検査、神父による悪魔祓いという型そのものを作ったのが1973年版だ。似せれば焼き直し、離れればエクソシストじゃない、と言われる。この矛盾した宿命に、豪華なキャストと真剣な取材力を持ってしても『信じる者』は勝てなかった。シリーズ全作品がほぼ例外なく低評価に沈んでいる事実を見る限り、私はこれを製作陣個々の努力不足ではなく、そもそも越えるべき山が異常に高すぎるのだと考えている。
総評
『エクソシスト 信じる者』は、決して手を抜いた続編ではない。エレン・バースティンの復帰交渉、リンダ・ブレアのアドバイザー参加、CGに頼らない特殊メイク、複数宗教への取材、そしてキャサリンがクリスの目を刺し究極の選択を突きつける容赦のない展開まで、制作陣の本気度は資料を追うほど伝わってくる。それでも1973年版という巨大な原点の前では、初登場1位という景気の良い滑り出しとは裏腹に、批評は明確に厳しいという結果に終わった。
そして何より象徴的なのは、この一作の失敗が新三部作そのものを潰し、監督まで交代させたという事実だ。グリーン自身が創作の自由と予算の兼ね合いに苦しんだと振り返っている以上、続編中止は単なる興行不振の結果ではなく、企画そのものの構造的な無理が表面化した結末だったと私は結論づけている。次にバトンを渡されたマイク・フラナガンが2027年、まったく新しい切り口でこのシリーズをどう立て直すのか。個人的にはそちらの方が、『信じる者』本編よりも今は気になっている。
Amazon Videoで観る
『エクソシスト 信じる者』はAmazon Videoでレンタル・購入が可能。1973年版を先に観ておくと、エレン・バースティン復帰の重みがまったく違って感じられるはずだ。まだ本編を観ていない人は、このタイミングで一度チェックしてみてほしい。
