ジョーズ2は本当にひどいのか 前作との違いと評価を映画好き目線で本音考察

巨大なサメが口を開けて迫る中、水上スキーをする女性を描いたジョーズ2風の映画考察ブログ用アイキャッチ画像。赤と黒の大きな文字で前作比較や評価を強調したレトロ映画ポスター風デザイン。

ジョーズ2は、前作のジョーズを超えた映画ではありません。
ただし、ひどい続編と片づけるにはあまりにも惜しい作品です。

前作にあった社会派ドラマの重さ、見えない恐怖、人間同士の濃いぶつかり合いは弱くなりました。
その代わり、若者たちが海の上で逃げ場を失うパニック映画として見ると、今でも語れる場面があります。

ジョーズ2は決して傑作ではない。
でも、続編映画が前作の成功をどう背負い、どこで苦しみ、何を失ったのかを見せてくれる一本です。

目次

ジョーズ2とはどんな映画なのか

ジョーズ2は、1978年に公開されたジョーズの続編です。
アメリカでは1978年6月16日、日本では同年12月2日に公開されました。

監督はジャノー・シュワーク。
主演は前作に続いてロイ・シャイダーです。
製作はリチャード・D・ザナックとデヴィッド・ブラウン。
音楽はジョン・ウィリアムズが続投しています。

舞台は、再び海辺の町アミティです。
前作で巨大ザメの恐怖を経験した町は、観光地としてもう一度立ち上がろうとしています。

新しいホテルの開業。
海辺のレジャー。
ヨットで遊ぶ若者たち。
町は、あの悪夢を忘れたかのように明るい顔を見せます。

けれど、ブロディ署長だけは海の異変に気づきます。
またサメが来たのではないか。
そう考えるブロディに対して、町の人間たちはまともに耳を貸しません。

危険を訴える男。
観光収入を守りたい町。
何も知らずに海へ出ていく若者たち。
海の下から近づく巨大な影。

この構図は、前作ジョーズとよく似ています。
だからこそ、前作を強く覚えている人ほど、ジョーズ2を厳しい目で見てしまいます。

ジョーズ2が前作ジョーズを超えられなかった理由

ジョーズ2が前作を超えられなかった理由は、サメの迫力不足だけではありません。
いちばん大きいのは、前作の人間ドラマの厚みが薄くなったことです。

前作ジョーズの怖さは、巨大ザメだけにありませんでした。
本当に嫌な怖さは、危険を知りながら観光収入を優先する町の空気にありました。

海を閉鎖すれば、町の商売が止まる。
ホテルも店も困る。
夏の稼ぎ時を失う。
だから、危険をなかったかのように見せようとする。

この人間の弱さが、前作の怖さを何倍にもしていました。

前作はサメ映画であり社会劇でもあった

前作ジョーズには、行政の判断、観光地の経済、住民の不安、ブロディ署長の孤立がありました。

サメが人を襲うだけなら、話は単純です。
けれど町の大人たちは、すぐに海を閉じようとしません。

人命より利益を先に見てしまう。
危険な事実を知りながら、見て見ぬふりをする。
その判断が、次の犠牲を呼びます。

ここが前作ジョーズの本当に強いところでした。

ジョーズ2にも、同じ構図は残っています。
ブロディはまた危険を察知し、町はまた信じようとしません。
観光や開発を優先する空気もあります。

ただ、前作ほど鋭く刺さってきません。
町の利害や政治的なにおいが薄く、ブロディの孤独もやや表面的に見えます。

前作では、町全体がサメを呼び込んでいるような嫌な感じがありました。
ジョーズ2では、またサメが現れて、また騒ぎが起きたという印象に近づいています。

この差は大きいです。

スピルバーグ不在の重さが出ている

ジョーズ2を見ると、スピルバーグ不在の大きさを感じます。

前作は、サメを見せない時間の使い方が抜群でした。
水面が静かに揺れる。
音楽が低く鳴る。
観客は、まだ見えていないサメを勝手に想像してしまう。

恐怖は、画面に映る前から始まっていました。

ジョーズ2は、前作よりサメを見せる方向に寄っています。
そのため、わかりやすい迫力はあります。
けれど、見えないからこそ怖いという緊張感は弱くなりました。

サメが映れば、観客は驚きます。
でも、サメが映る前から心拍数を上げるのは、もっと難しい。
ジョーズ2は、そこで前作に届いていません。

ジョーズ2の興行収入は失敗ではなかった

ジョーズ2は、批評では厳しい声を浴びました。
それでも興行面では、はっきり成功しています。

アメリカでは1978年6月16日に640館で公開され、初週末に986万6,023ドルを記録しました。
初回公開だけで7,773万7,272ドルに達し、Box Office Mojoの1978年全米年間チャートでも上位に入っています。

日本では1978年12月2日に公開されました。
年末公開だったため、1979年興行として扱う資料も多く、配給収入は16.5億円とされています。

世界興収については、資料によって差があります。
Box Office Mojoは世界累計を約1億8,788万ドル、The Numbersは約2億890万ドルとしています。
再公開分や海外市場の計上方法に違いがあるため、数字を見るときは初回公開の成績と累計成績を分けたほうが安全です。

つまり、ジョーズ2は観客に無視された映画ではありません。
前作ほどの衝撃はありませんでした。
それでも、あのジョーズの続きなら見たいと、多くの人が映画館へ向かいました。

売れたのに評価が割れた理由

ジョーズ2が売れたのに評価で苦しんだ理由は、かなりはっきりしています。
前作ジョーズが強すぎたからです。

ジョーズは、ただヒットした映画ではありません。
1975年のジョーズは、夏の大作映画という流れを作った作品のひとつです。
さらに1977年のスター・ウォーズが、その流れを一気に広げました。

1978年に公開されたジョーズ2は、まさにその流れの中にあります。
大ヒット映画の続編を大きく公開し、初週末から観客を集める。
今では当たり前の戦略ですが、当時のハリウッドはこの商売の形を固めている途中でした。

だからジョーズ2は、映画作品としてだけでなく、巨大な商品としても見られました。

観客は怖さを期待する。
批評家は前作との違いを見る。
配給側は大作続編として売る。

この3つの視線が重なり、評価は割れました。

公開当時のジョーズ2の評価はなぜ厳しかったのか

公開当時の評価は、わかりやすく分かれています。

業界紙のVarietyは、娯楽作として比較的前向きに見ました。
一方で、ニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポスト、ニューズウィークなどは、前作の反復やスピルバーグ不在を厳しく見ています。

当時の批評でよく出てくる不満は、主に3つです。

前作の焼き直しに見えること。
サスペンスの積み上げが弱いこと。
それでも見せ場はあること。

この評価は、かなり正直です。

ジョーズ2は完全な駄作ではありません。
でも、前作と比べると足りない。
商品としては成立しているが、映画としての驚きは減っている。

その微妙な立ち位置が、当時の批評にも出ています。

観客は見に行ったが批評家は冷静だった

ジョーズ2の面白いところは、観客と批評家の温度差です。

観客は映画館へ行きました。
興行成績を見れば、それは明らかです。

一方で批評家は、前作のような新しさや知性を求めました。
この差は、今見てもわかります。

たとえば、休日の夜にサメ映画として軽く見るなら、ジョーズ2はそれなりに楽しめます。
海、若者、ヨット、サメ、ブロディの焦り。
娯楽映画としての材料はそろっています。

でも、前作ジョーズの緊張感を覚えたまま見ると、少々分が悪い。

クイントのようなアクの強い人物はいない。
フーパーのような知的な掛け合いも弱い。
ブロディの孤独も、前作ほど深くは刺さりません。

観客が求めたのは、もう一度サメの恐怖を味わうこと。
批評家が求めたのは、前作に匹敵する映画的な強さ。

このズレが、ジョーズ2の評価を複雑にしています。

制作過程の混乱がジョーズ2の印象を変えた

ジョーズ2を考えるうえで、制作現場の混乱は外せません。

当初、監督はジョン・D・ハンコックでした。
この段階では、前作の事件で傷ついたアミティや、ブロディ署長の心の傷をもっと深く描く構想がありました。

つまり、完成版より暗く、重い正当な続編になる可能性があったのです。

前作の惨劇から数年。
町は平和を装っている。
でも本当は、誰も完全には立ち直っていない。
ブロディだけが、また同じ悪夢の気配を感じている。

この方向で作っていれば、ジョーズ2はかなり苦い後日譚になったかもしれません。

ところが撮影開始後、ハンコックは降板します。
その後、ジャノー・シュワークが監督を引き継ぎました。

暗い後日譚から娯楽パニックへ変わった

監督交代によって、作品の性格は大きく変わりました。

心理劇のような暗さよりも、わかりやすい海上サスペンスへ。
町の傷跡よりも、若者たちの危機へ。
余韻よりも、観客が手に汗を握る見せ場へ。

商業映画として考えれば、この方向転換は理解できます。

大ヒット作ジョーズの続編を見に来る観客は、重いトラウマ映画よりも、サメが襲う恐怖を期待していたはずです。

けれど、その判断によって失ったものもあります。

ブロディがまた信じてもらえない場面には、本来ならもっと重い意味を持たせられたはずです。
前作を生き延びた男が、また町から神経質な人間のように見られる。
この苦しさを深く掘れば、ジョーズ2は別の魅力を持てたでしょう。

完成版には、その名残だけが少し残っています。
だから見ていて、もったいないと感じる瞬間があります。

ジョーズ2の怖さは前作とどう違うのか

ジョーズ2の怖さを、前作の劣化版だけで片づけると見落とします。

前作ジョーズは、サメをなかなか見せません。
海の下に何かがいる。
音楽が鳴る。
水面が揺れる。
でも姿は見えない。

見えない時間が、観客の頭の中で恐怖を膨らませます。

ジョーズ2は、前作よりもサメを見せます。
そのぶん、想像で膨らむ怖さは弱くなりました。

ただし、ジョーズ2には別の怖さがあります。

広い海なのに逃げ場がない怖さ

ジョーズ2の見どころは、海の広さを逆に怖く見せるところです。

普通なら、広い場所は逃げやすそうに感じます。
でも海では違います。

足場はヨットだけ。
泳いで逃げられる距離ではない。
岸が見えていても、すぐには届かない。
海面の下には何がいるかわからない。

若者たちは、ただ風と波に左右されます。
ヨットが壊れれば動けない。
助けが来ても、すぐには安全になりません。

ヘリコプターが来ても、安心できない。
ヨット群がまとまっていても、守られている感じがしない。
海の上では、文明の道具が意外なほど頼りなく見えます。

ここに、ジョーズ2ならではの怖さがあります。

若者たちの描き方は弱点でもあり個性でもある

ジョーズ2では、若者たちが物語の中心に近づきます。

ここは好みが分かれます。
前作のような大人同士の濃い会話を期待すると、物足りません。
ブロディ、クイント、フーパーのような強い組み合わせは出てきません。

一方で、若者たちが海で孤立する構成は、続編としての別の味になっています。

楽しい休日の延長で海に出た若者たちが、突然、命の危機に放り込まれる。
昼の明るい海なのに、逃げ場がない。
ホラー映画として、この設定は悪くありません。

ただ、人物ごとの印象が薄いため、誰がどう怖がっているのかが少しぼやけます。
ここをもう少し描けていれば、後半のパニックはもっと強くなったはずです。

ジョーズ2で注目したい3つの場面

ジョーズ2を今見るなら、前作を超えたかどうかだけで見ないほうが楽しめます。

注目したいのは、前作とは違う恐怖を作ろうとした場面です。

ブロディがまた信じてもらえない場面

ブロディがサメの存在を疑い、周囲に訴える場面は、ジョーズ2の核です。

ここには、前作を生き延びた男の苦さがあります。
自分は一度、町の判断ミスを見ている。
危険を軽く扱った結果、人が死んだことも知っている。

それなのに、また誰も真剣に聞かない。

この場面をもっと深く描けば、ジョーズ2はかなり重い映画になったはずです。
完成版ではそこまで掘りません。
でも、ブロディの焦りには確かに前作の傷が残っています。

ヨット群が孤立する場面

若者たちのヨット群が海上で孤立する場面は、ジョーズ2らしい怖さがあります。

海は広い。
でも、逃げ道はない。
目の前に仲間がいても、助け合えるとは限らない。
船が壊れれば、急に全員が弱くなります。

この場面は、派手な一撃よりも状況の悪さで怖がらせます。

昼間の海なのに、気持ちが晴れません。
むしろ明るいからこそ、逃げ場のなさがはっきり見えます。

クライマックスの決着

ジョーズ2のラストは、前作ほど濃い余韻を残しません。

前作のクライマックスには、ブロディ、クイント、フーパーの関係性がありました。
男たちの意地、恐怖、過去、技術がぶつかり、サメとの戦いに人間ドラマが乗っていました。

ジョーズ2のクライマックスは、もっとシンプルです。
海上での危機をどう終わらせるかに寄っています。

だから、前作のような重みを期待すると物足りません。
ただ、若者たちを助けるブロディの物語として見ると、筋は通っています。

父として、署長として、前作の悪夢を知る男として、ブロディはもう一度海に向かう。
その見方をすると、ラストの印象は少し変わります。

ジョン・ウィリアムズの音楽はジョーズ2を支えている

ジョーズ2で最も信頼できる部分は、ジョン・ウィリアムズの音楽です。

あの低く迫るサメのテーマは、本作でも強い力を持っています。
音が鳴るだけで、観客は海の下を見てしまいます。

ただ、ジョーズ2の音楽は恐怖だけではありません。

若者たちがヨットで海に出る場面には、青春映画のような明るさがあります。
風を受けるヨット。
海の光。
笑い声。
そこへ、少しずつサメの気配が混ざっていきます。

この落差が効いています。

もし音楽が弱ければ、ジョーズ2はもっと平凡な続編に見えたはずです。
映像の緊張感が前作ほど鋭くなくても、音楽が場面に厚みを与えています。

ジョーズ2を見直すなら、サメの姿だけでなく音に注目すると面白いです。
恐怖の音と、若さを感じさせる音。
その2つがぶつかることで、海は楽しい場所から危険な場所へ変わっていきます。

ジョーズ2がひどいと言われる理由

ジョーズ2がひどいと言われる理由は、なんとなく理解できます。
無理に名作扱いする必要はありません。

前作の反復に見える。
サメを見せすぎている。
人間ドラマが薄い。
スピルバーグ不在の大きさが出ている。
ブロディ以外の人物が残りにくい。

こうした不満は、かなり正当です。

前作の焼き直しに見えてしまう

ジョーズ2は、前作の構図をかなりなぞっています。

アミティの町。
観光への影響を恐れる大人たち。
危険を訴えるブロディ。
海に出る人々。
そして巨大ザメ。

この流れを見ると、また同じことをやっていると感じる人は多いでしょう。

続編には前作らしさが求められます。
でも、前作らしさを守りすぎると焼き直しに見えます。

ジョーズ2は、その境目で少し苦しんでいます。

キャラクターの濃さでは前作に勝てない

前作ジョーズには、ブロディ、フーパー、クイントという強い人物がいました。

特にクイントの存在感は大きいです。
荒っぽく、執念深く、過去を背負っている。
あの人物がいるから、後半の船上ドラマは一気に濃くなりました。

ジョーズ2には、そこまで強い人物のぶつかり合いがありません。
ブロディは魅力的ですが、周囲の人物が前作ほど印象に残りません。

サメが出ない場面で映画を支える力。
そこが前作より弱いのです。

ジョーズ2はシリーズの中でどう評価すべきか

ジョーズ2は、前作と比べると賛否がある映画です。
けれど、シリーズ全体で見ると評価は少し変わります。

後に作られたジョーズ3-Dやジョーズ ザ・リベンジは、さらに厳しい評価を受けました。
その流れの中で見ると、ジョーズ2はシリーズ続編の中ではかなりまともな位置にいます。

少なくとも、前作の世界観を完全には壊していません。
ブロディの物語を続け、アミティの町を舞台にし、海の恐怖も残しています。

前作には届かない。
でもシリーズの中では最も踏ん張っている。
この中途半端な立ち位置が、ジョーズ2らしさです。

現在の再評価は冷静に見たほうがいい

近年、ジョーズ2を見直す声もあります。
その流れ自体はよくわかります。

前作との単純比較ではなく、初期のブロックバスター続編として見れば、ジョーズ2には語る価値があります。

1970年代後半のハリウッドが、大ヒット映画をどう続編商品へ変えていったのか。
その過程が、この映画にはかなり生々しく残っています。

ただ、再評価された傑作とまで言うと少し盛りすぎです。

ジョーズ2は傑作ではありません。
でも不要な続編でもありません。

商業的には成功し、批評的には傷を負い、映画史的には意味がある。
このくらいの距離感で見るのが、いちばん誠実です。

今からジョーズ2を見るならどこに注目すべきか

今からジョーズ2を見るなら、前作を超えるかどうかだけで見ないほうが楽しめます。

前作と同じ緊張感を期待すると、肩透かしを食います。
あの船上の濃さ、クイントの存在感、スピルバーグの見せない演出を求めると、どうしても物足りません。

注目したいのは、別の部分です。

ブロディがまた信じてもらえない苦しさ。
若者たちが海上で孤立する怖さ。
ジョン・ウィリアムズの音楽が作る明るさと不穏さ。
続編映画が前作の成功をどう背負わされるのか。

この4つを意識すると、ジョーズ2はただの劣化コピーではなくなります。

夜にサメ映画として見るなら、十分に楽しめます。
映画史の流れとして見るなら、もっと面白い。
大傑作の次に作られた続編が、どこで勝ち、どこで負けたのか。

そこを味わう映画です。

まとめ ジョーズ2は前作に負けたが語る価値のある続編

ジョーズ2は、前作ジョーズを超えた映画ではありません。

社会派ドラマの深みは薄れました。
キャラクターの濃さも弱くなりました。
サスペンスの積み上げ方も、スピルバーグ版には届きません。

それでも、ジョーズ2をひどい映画とだけ言うのはもったいないです。

若者たちが海上で孤立するパニック。
ブロディだけが危険を察知する焦り。
ジョン・ウィリアムズの音楽が作る緊張感。
1970年代後半のハリウッドが、続編映画を商品として作り始めた時代の空気。

そこまで見ると、ジョーズ2はただの二番煎じでは終わりません。

前作の影から逃げられなかった映画。
でも、その影の中で何とか別の怖さを作ろうとした映画。
それがジョーズ2です。

ジョーズ2は傑作ではありません。
けれど、映画好きなら一度立ち止まって見直す価値があります。

前作と比べてがっかりするか。
続編映画の苦しさとして味わうか。
見方を変えるだけで、この映画の印象はかなり変わります。

目次