2006年6月6日という「6/6/06」に公開された『オーメン666』(The Omen)は、1976年の名作ホラーを大胆に作り替えたリメイクではない。物語や脚本はほぼ原作のまま、変えたのは「いつ公開するか」という一点だった。この記事では、脚本クレジットをめぐる裏事情、9・11など現実の惨事を取り込んだ演出、チェコでの撮影中に起きたトラブル、そして北米・日本での興行成績と批評の評価まで、当時のインタビューとデータをもとに整理していく。「なぜあえて原作をなぞったのか」という問いへの答えが見えてくるはずだ。
「6/6/06」に公開された映画、それ自体が事件だった
2006年6月6日。この日付を見て「あ、あの日か」とピンと来た人は、たぶん相当な映画好きか、当時のニュースを覚えている世代だろう。20世紀フォックスが1976年の傑作ホラー『オーメン』をリメイクするにあたって選んだ公開日は、6・6・6という悪魔の数字を暦の上で一度きり揃えられる、まさに「その日しかない」日だった。
結論から言ってしまうと、この2006年版『オーメン』(現在の日本公式表記は『オーメン666』)は、物語を大胆に作り替えたリメイクではない。監督ジョン・ムーア自身が「壊れていないものを直す必要はない」と語った通り、脚本はほぼ1976年版のデヴィッド・セルツァー版をベースにしている。つまりこの映画の一番の「発明」は中身ではなく、公開日という外側の設計にあった。今回はその舞台裏を、興行データや当時のインタビューをもとに掘り下げてみたい。
個人的にも、2006年の6月といえば「なんだかこの夏はワールドカップとオーメンとダ・ヴィンチ・コードで映画の話題が埋まっていたな」という記憶がうっすら残っている。当時はまだSNSで映画の公開日がバズる時代ではなかったが、それでも「6が3つ並ぶ日」というキャッチーさだけは妙に覚えている人が多いのではないだろうか。今回はその記憶の答え合わせも兼ねて、当時のデータを掘り起こしてみた。
脚本はほぼ原作のまま、なのに脚本家クレジットは複雑
制作がスタートしたのは2005年夏。20世紀フォックスは異例の速さでプロジェクトを進行させ、10月には撮影開始、翌2006年6月6日公開という超タイトなスケジュールを組んだ。当初はダン・マクダーモットが脚色を担当したと報じられていたが、完成版のクレジットに載ったのは1976年版の脚本家デヴィッド・セルツァーの名前だった。
ジョン・ムーアは2006年5月のCHUDのインタビューで、マクダーモットが実際に作業はしたものの、全米脚本家組合(WGA)のクレジット審査の結果、最終的なクレジットを得られなかったと説明している。しかもセルツァー本人はこのリメイクの制作には直接関わっておらず、ムーアとは一度も会ったことも話したこともないという。つまり「原作に忠実」というより、「原作の脚本がそのまま土台として使われた」というのが実態に近い。
ムーアはこの状況を、シェイクスピア劇の再演にたとえている。テキストや物語は同じでも、演じる俳優が変われば体験そのものが変わる、という発想だ。日本のインタビューでも「時代によって表現や解釈が異なる」「大げさに言えばシェイクスピアみたいな映画」と語っており、少なくとも監督の意識の中では、単なる焼き直しではなく“再演”という位置づけだったようだ。
唯一の「現代化」は、現実の惨事を終末の証拠にしたこと
物語自体はほぼ変えなかった一方で、明確に手を加えた部分もある。冒頭のバチカンのシーンでは、9・11、ハリケーン・カトリーナ、2004年のインド洋大津波といった現実の映像を「黙示録の徴」として組み込んだのだ。ムーアは映画.comのインタビューで「この映画をリアルに感じて欲しかった」と述べ、1998年頃に作っていたなら、こうした演出はしなかっただろうとも語っている。
ただしこの試みは公開前から物議を醸した。ニューヨークでのプレス試写では、9・11映像の使用に対して観客から強い抗議の声が上がったという。ムーア自身も、この映像を使うべきかどうか制作中に悩んだことを認めている。実際の犠牲者が出た出来事を、娯楽映画の終末論的な演出に転用することの是非は、当時から議論の的だった。
撮影は主にチェコ。そして「呪い」の逸話をどう扱うか
プラハとロケ地変更
撮影拠点はプラハを中心とするチェコで、2005年10月から2006年1月にかけて行われた(Czech Film Commission)。カレル橋、カンパ島、国立博物館、ストラホフ修道院、ヴィシェフラドなど、プラハの名所が随所に使われている。また、当初クロアチアでも撮影予定があったが、現地の教会が題材に反発したことで撮影許可が取り消され、急遽イタリアのマテーラへロケ地を変更するという一幕もあった。
「フィルム紛失」事件
『オーメン』シリーズといえば「呪われた撮影」の逸話が定番だが、2006年版にもそれらしきエピソードが存在する。もっとも有名なのは、ダミアンの頭に「666」の刻印を発見するシーンなど、約1日分・13,500フィートにも及ぶフィルムがラボで失われた(あるいは破損した)という話だ。通常のトラブルなら1ロール=400フィート程度で済むところ、この規模はスタッフにも説明がつかなかったとムーアは証言している。
裏付けのない「代役死亡説」
ただし、ここで一つ注意しておきたい。日本でのインタビューでは、ムーアが「フィルムが二つに裂けた」と表現し、手のアップを演じた高齢の代役女性が翌日急死したというエピソードも語っている。これは監督本人の発言としては存在するものの、独立した報道や記録による裏付けは確認できていない。撮影中のフィルム紛失やロケ地変更のように同時代の報道がある話と、監督の口頭証言しかない怪談めいたエピソードは、同じ確度で扱うべきではないだろう。宣伝期にはこうした「呪い」の物語が話題作りとして語られやすい、という前提を踏まえておく必要がある。
あえて「若い両親」にした理由
リーヴ・シュレイバーとジュリア・スタイルズ
キャスティングで象徴的なのは、1976年版のグレゴリー・ペック&リー・レミックのコンビより、夫婦を大きく若返らせたことだ。ロバート・ソーン役にリーヴ・シュレイバー、キャサリン役にジュリア・スタイルズを起用した理由についてムーアは、観客が夫婦に自己投影しやすくなるよう年齢を下げたと説明している。
シュレイバーは本作の直前、2005年に舞台『グレンギャリー・グレン・ロス』でトニー賞演劇助演男優賞を受賞したばかりで、舞台俳優としての評価を確立した状態でこの役に臨んでいる。一方のスタイルズは『10 Things I Hate About You』などの青春映画から『ボーン』シリーズを経て、当時25歳で母親役を演じることになった。本人は当時の取材で、これを「自然なキャリアの進展」と位置づけており、撮影中は役のイメージを引きずって毎晩悪夢を見ていたとも語っている。
ミア・ファローの逆転キャスティング
もう一つの見どころは、乳母ミセス・ベイロック役のミア・ファローだ。1968年の『ローズマリーの赤ちゃん』で悪魔的な陰謀の被害者を演じた女優が、今度は悪魔側を守る存在を演じるという逆転キャスティングは、本作でもっとも成功した仕掛けの一つと言っていい。1976年版のベイロックは登場時から明らかに不穏だったが、2006年版ではファローの柔和な雰囲気を利用して、最初は信頼できる乳母に見せる作りになっている。ファロー自身も、最初から邪悪に見えてしまえば「誰がそんな乳母を雇うのか」という趣旨のことを語っており、この“化けの皮が剥がれていく”構造を意識的に演じていたようだ。ちなみに、ムーアとファローのどちらから最初にオファーの話が持ち上がったのかについては、両者の証言が食い違っており、はっきりしない。
7歳のダミアンと音楽の刷新
ダミアン役を演じたシェイマス・デイヴィー=フィッツパトリックは、撮影当時わずか7歳。父親が公開当時の取材で語ったところによると、オーディションでブランコをゆっくり揺らしながらカメラをじっと見つめるテスト映像の“目力”が強烈で、ムーアはそのテイクをそのままティーザー予告に使ったという。子役との距離感の作り方もキャストごとに違っていて、シュレイバーが撮影の合間に子役と遊んで父子らしい親密さを演出する一方、スタイルズはあえて距離を置き、撮影後には「本当に怒っているわけじゃないよ」とフォローしていたと本人が説明している。
音楽面にも触れておきたい。1976年版のスコアを手がけたのはジェリー・ゴールドスミスで、あの不穏な合唱を含むテーマは『オーメン』というシリーズそのものを象徴する音になっている。2006年版はこれをそのままコピーするのではなく、ゴールドスミスの弟子筋にあたるマルコ・ベルトラミが新たに作曲を担当した。それでいて、誰もが耳に残っているであろう3音のモチーフだけは引用し、原曲への敬意を示す形にしている。「物語はほぼ変えないが、音楽は刷新しつつ一部だけ残す」というこのバランス感覚は、本作全体の姿勢を象徴しているようにも思える。
興行は「火曜日の記録」を作ったが、勢いは長続きしなかった
北米:記録的な初日と急な失速
「6/6/06」戦略は、少なくとも初動については成功したと言える。北米では通常なら弱いはずの火曜日に公開されたにもかかわらず、初日だけで1,263万ドルを稼ぎ、当時の火曜日興収記録を更新した。末尾が「666」になるよう配給側が数字を調整していたことを、フォックスの配給責任者ブルース・スナイダー本人が「ちょっと遊んでみた」という趣旨で認めている。
ただし、その後の落ち込みは早かった。公開翌日の水曜には興収が約458万ドルまで落ち、初日からわずか1日で6割以上のダウンとなった。初週末(6月9〜11日)の北米ランキングも4位にとどまっている。最終的な興行成績は、北米で約5,460万ドル、海外で約6,536万ドル、世界合計で約1億1,997万ドル(Box Office Mojo)。報告されている製作費2,500万ドルと比べれば劇場興収は約4.8倍に達しているが、これは映画館の取り分や宣伝費を差し引く前の数字であり、単純に「利益が製作費の4.8倍」という意味ではない点には注意したい。
海外市場とワールドカップの逆風
国際市場では、公開週に4,783スクリーン・60以上の市場で展開し、10市場で興収首位を獲得するなど初動はむしろ大きかった。ただしドイツW杯の開幕(6月9日)とヨーロッパの好天が重なり、週末の動員には向かい風となったようだ。
資料によって数字が揺れる点について
なお、こうした古い作品の数字を調べていると、資料によって微妙に食い違うケースによく出くわす。世界興収についてBox Office Mojoは約1億1,997万ドルとしているのに対し、The Numbersは約1億1,929万ドルと記録しており、両者の間には67万ドルほどの差がある。日本公開日についても、映画.comは6月6日としている一方、海外データベースの一部は最初の通常週末である6月10日を起点として扱っており、この手のズレは意外とよくある。上映時間も、日本の資料では108分、海外の主要データベースでは110分とされている。本記事では国別内訳が明示されるBox Office Mojoの数字を基準にした。
日本では「邦高洋低」の年、しかもW杯と重なった
日本での公開状況は、北米以上に厳しいものだった。2006年は日本映画製作者連盟の統計によれば、邦画の興収シェアが前年の41.3%から53.2%へ一気に跳ね上がった「邦高洋低」の年で、洋画は46.8%まで後退している。『オーメン666』の公開週末、全国動員ランキングは9位。同じ週は『ダ・ヴィンチ・コード』が4週連続で首位を守り、『トリック劇場版2』『LIMIT OF LOVE 海猿』といった邦画も上位に食い込んでいた。しかも公開の3日後にはFIFAワールドカップ・ドイツ大会が開幕している。
興味深いのは、ムーア監督自身がもともと日本ホラーへの強い関心を公言しており、『呪怨』や『オーディション』から強い影響を受けたと認めていたことだ。一時は物語の舞台を日本に置き換え、「アメリカが日本ホラーをリメイクする」という当時の流れを逆転させる案まであったという。最終的にはグローバルな設定に落ち着いたが、この逸話は2000年代前半のハリウッドが日本などのホラー表現を積極的に取り込んでいた時代性をよく表している。ただし日本での不振の主因は、この“逆輸入”企画が実現しなかったことよりも、邦画の勢いとW杯という外部要因の方が大きかったと見るのが妥当だろう。
批評家の評価は低め、争点は「忠実さ」そのもの
「カラオケ的」という酷評
批評的な評価は一貫して厳しい。現時点でRotten Tomatoesの批評家スコアは26%、Metacriticは100点満点中43点で、「賛否両論」というより「やや否定的」寄りの分類だ。批評の中心的な論点はほぼ一致していて、技術的には手堅く作られているものの、原作にあまりに忠実すぎるため、このリメイクを今作る必然性が見えない、というものだった。英ガーディアン紙のザン・ブルックスは、この作品をわずか二語で「カラオケ的な映画」と評しており、これは世界的な批判をよく要約していると言えるだろう。
「忠実さ」を美点と見た批評家も
一方で、ロジャー・エバートのように「原作に忠実であること」自体を美点として評価した批評家もいる。過剰なVFXに頼らず、人物と状況を中心に据えた演出をむしろ好意的に受け止めたわけだ。つまりこの映画の評価は、「原作への忠実さ」という同じ特徴を、ある人は古典的な節度と読み、ある人は存在意義の欠如と読んだ、という構図になっている。
観客の評価は批評家よりやや高め、でも割れている
批評家スコアが厳しめだった一方、一般観客の反応は少し様相が違う。Rotten Tomatoesの観客スコアは40%と、批評家の26%よりは高いものの、過半数には届いていない。Metacriticのユーザースコアも10点満点中5.3点と、こちらも中間より少し下という結果だ。フランスでもAlloCinéの集計でプレス平均が5点満点中約2.1点、観客平均が約1.8点と、こちらは批評家・観客ともに厳しい評価になっている。ただし現在のオンラインレビューには「今見返すと現代的な演出が効いている」「過小評価されたリメイク」という再評価の声もちらほら見られ、公開当時の空気とは少し違う受け止め方も出てきているようだ。もっとも、こうしたユーザーレビューは自己申告で集まったサンプルなので、当時のファン層全体を代表する数字ではない、という点は割り引いて読む必要がある。
「成功か失敗か」では測れないリメイクの立ち位置
ここまで見てきたように、2006年版『オーメン』を単純に「成功したリメイク」「失敗したリメイク」と二分するのは難しい。ビジネス企画としては、既存のIPを最小限のリスクで再稼働させ、「6/6/06」という一度きりの記号で世界同時に話題を作るという意味でかなり合理的だった。実際、通常なら弱い曜日である火曜日に記録的な初日興収を叩き出し、報告製作費2,500万ドルに対して世界興収約1.2億ドルという数字を残している。
その一方で、物語をほぼ変えず、現実の惨事を追加し、主人公を若返らせ、音楽を刷新した程度では、「なぜ2006年にこの物語をもう一度撮る必要があったのか」という批評的な問いに十分答えられなかった、というのが多くの批評家の見立てだ。ムーア自身、制作中に「ページ1から書き直すべきだったのでは」と不安を感じていたことを明かしており、この課題は制作側も自覚していたようだ。
とはいえ、ミア・ファローを悪魔側に反転させたキャスティングや、若い夫婦を軸にした心理劇としての作り直し、そして先述したマルコ・ベルトラミによる音楽の刷新など、細部にはたしかに作り手の判断が息づいている。「原作をなぞっただけの映画」と切り捨てるにはもったいない仕掛けが、いくつも仕込まれた一本ではある。
個人的には、この映画を「駄作」として片付けてしまうのはちょっともったいないと思っている。物語の中身よりも、「公開日そのものを企画の核に据える」というマーケティング上の発想自体が、2006年という時代らしいアイデアだったからだ。SNSがまだ今ほど発達していない時代に、あえて「6/6/06」という一度きりの記号を世界中の劇場に同時展開する。これは今で言う“バズ狙い”のはしりのような戦略で、興行成績を見る限りその狙い自体は的中していた。批評的に語られる文脈だけでなく、こうした企画・宣伝の視点から振り返ると、この映画はまた違った面白さを持って見えてくる作品だと思う。
結局のところ、この映画がもっとも大胆な賭けに出たのは、物語の内側ではなく「6月6日」という公開日の選び方だったのかもしれない。そしてその鮮烈さは初日の興行を押し上げると同時に、公開日が過ぎたあとに「このリメイクは何のために存在するのか」という問いをより際立たせる結果にもなった。それこそが、この作品の一番おもしろいところだと思う。
